

PAハウスエンジニア
水沢孝雄

北海道旭川出身
高校卒業後、上京。日本工学院専門学校の音響芸術課に入学
1988年 ヒビノ株式会社へ入社
TM NETWORK・永井真理子・浜田省吾等のツアーのステージマンとしてキャリアを積む
ウルフルズ・加山雄三等のツアーでモニターエンジニアを担当
加山雄三のハウスエンジニアをファイナルコンサートまで担当
FUJIROCK FESTIVAL’23から矢沢永吉を担当
お客さまに届ける音を調整する
ハウスエンジニアの仕事
「PA(Public Address)」とも呼ばれる音響スタッフは、ライブやイベント会場で音の調整をしています。音響の仕事には、ステージ上でアーティストが聴く音を調整する「モニターエンジニア」や、会場に合ったスピーカーの配置などをプランニングする「音響システムエンジニア」という仕事などがありますが、僕はそのなかでも“お客さまに届ける音”を調整する「ハウスエンジニア」という仕事を担当しています。
近年では、音楽イベントのほか、スポーツイベントやファッションショー、企業の株主総会で音響のサポートをすることも。僕自身も、2018年の平昌オリンピックで現地へ行ったり、2021年の東京オリンピックでも卓球会場の音響を担ったりしました。
どうやって音を調整しているの?
ステージ上で発せられた音は、マイクに入ったあと、電気信号へと変換され、ケーブルを通って「ミキシングコンソール」と呼ばれる音響調整卓に送られます。普段ライブ会場で客席側に組まれている、機材ブースにある卓ですね。そこでハウスエンジニアが音質や音量のバランスを調整した音が、スピーカーから流れることでお客さまのもとに届いています。
基本的には僕らハウスエンジニアの耳と経験をもとに、ベーシックとなる音を調整していますが、現場にいるプロデューサーやレコーディングエンジニアの方などの意見も交えながら、より良い音づくりをしていきます。音は目に見えないものだからこそ、独りよがりにならないよう心がけながら、多くの人が「聴きやすい」と感じられる音を目指しています。

ホールイベントがある日の1日の流れ
たとえばホールツアーでは、朝9時ごろに会場へ入り、トラックから機材を降ろしてセッティングを始めます。12時半〜13時ごろにお昼休憩をとり、14時ごろから楽器の調整を。16時ごろになるとアーティストの皆さんが会場に入られるので、「単音チェック」と呼ばれる、ギターやベースなどの楽器をそれぞれの演奏者に演奏してもらい、それぞれの音を確認する作業を行います。同じ楽器でも演奏する人によって響き方や音色は大きく変わるため、とても大切な工程です。一つひとつの音をチェックしながら徐々に音を重ねていき、リハーサルへと進みます。リハーサル中は客席のさまざまな場所へ移動し、どの席でも聴きやすい音になっているかを確認。そして公演本番には音響卓で音の調整を担い、撤収作業を経て、会場を出るのが22時半くらいになりますね。
ライブ会場は“突貫の工事現場”で
体力が勝負!
この流れはホールツアーの場合ですが、アリーナ、ドームなど会場の規模が大きくなると、スケジュールもまた大きく変わります。たとえば武道館公演では前日まで別のイベントが開催されていることも多いので、前のイベント終了後から夜通しで準備をすることも。
音響だけでなく、照明さんや大道具さんなど、会場作りに携わる仕事は、体力勝負の一面もあります。限られた時間のなかで開場に間に合わせなければならないため、時間との戦いです。ライブやコンサートは、いろいろな業種の方が集まって、力を合わせて作り上げるもの。まるで突貫の工事現場のようなものだと感じています。

ハウスエンジニアになるには
最近は、PAに特化した専門学校でマイクの種類や電気信号などの必要な知識を学び、その後、音響会社に就職するという流れが一般的だと思います。ただ、やる気次第では、専門学校へ通わず直接音響会社へ入ったり、ライブハウスで見習いとして経験を積んだりしながら、現場でスキルアップしていく道もあります。実践のなかで学んでいくため決して簡単な道ではありませんが、いまほど専門学校が充実していなかった頃は、そうした道を選ぶ人も多かったですね。
水沢さんが
ハウスエンジニアになったきっかけ
高校3年生のときに、地元・北海道でコンサートの設営や警備のアルバイトをするなかで、音響の仕事に出会いました。もともとバンド活動をするほど音楽が好きだったことや、小さい頃から機械をいじるのが好きだったこともあり、「音楽」と「機械いじり」という二つの好きなものを両立できる、素晴らしい仕事だと感じました。当時一緒に仕事をしていた音響スタッフさんのなかには、現在の上司が何人もいます。
音響の仕事に興味をもち、専門学校へ進学しましたが、当時はまだコンサート音響に特化した授業は多くなく、ざっくりとレコーディングに関する知識を中心に学んでいました。会場での音づくりに必要な知識は、現在の会社に入ってから先輩方の仕事ぶりを見たり、実際に経験を積んだりするなかで身につけていったように思います。

この仕事の素敵なところは、
“その日限り”の特別感や儚さ“
ライブやコンサートは、公演が終わると機材を撤収して会場をまっさらにしてしまう、カタチとして残らないもの。映像や写真、レコーディングとして記録を残すことはできますが、会場で体感した生の音や空気感をそのまま再現することはできません。“その日限りのライブ”だからこそ、お客さまにとっての特別感や儚さを届けることが、この仕事の責任の重さであり、ステキなところだと思っています。
ライブは生き物。
昨日より今日、より良いライブを
作り上げるやりがい
アーティストやほかのセクションのスタッフさんとディスカッションを重ねながら、お客さまに「来て良かった!」と思っていただけるようなステージを作り上げることに、やりがいを感じています。
ライブには、100点満点がありません。アーティストと演出スタッフ、そしてお客さまという3つの要素が化学反応を起こし、その日だけの素晴らしいステージが生まれるからです。ライブは“生き物”なので、思いがけないトラブルやハプニングが起こることも。そんななかでも、「昨日より今日、今日より明日」と、それぞれの担当セクションがより完成度の高いライブを目指して仕事することが、この仕事の醍醐味だと思います。
そのうえで、ライブを観たお客さまから良い評価をいただけたときは本当に嬉しいですね。終演後に直接声をかけていただくこともありますし、最近ではSNSを通して率直な感想を目にすることも。そうしたお客さまの正直な声を励みにしながら、ときには反省し、次のライブへ生かしています。

大変さを感じるのは、
野外イベントや、
長丁場のスケジュール
野外イベントなど、天候に左右される現場は大変ですね。特に夏は暑さに加えて雷雨や突風など急な天候の変化も多く、これまでにもさまざまな苦労を経験してきました。
体力的に一番キツいのは、大きなイベントの準備を徹夜で終えたあと、そのまま本番を迎えるようなスケジュール。本番中は緊張感をもって集中しているので眠気を感じることはありませんが、公演が終わった瞬間にドッと疲れが押し寄せてきます。
海外イベントならではの苦労も
また海外でのイベントでは、通訳なしで現地スタッフとコミュニケーションをとらなければならないこともあります。僕自身も英語が堪能というわけではありませんが、現地スタッフも母国語が英語でないことが多いので、お互いたどたどしい英語でやりとりをしながら、なんとか乗り切ってきました。
最近では海外ツアーを行う日本のアーティストも増え、移動のスケールも大きくなっています。たとえばヨーロッパツアーを担当した際には、ほかのセクションのスタッフさんと一緒に、二階部分がベッドルームになっているバスで12時間かけて移動したこともありました。音響の仕事というと機材を扱うイメージが強いかもしれませんが、実はこうした意外なところで苦労することもありますね。

大好きなロックに関われる楽しさ
僕はロックが好きなので、ロック系のライブを担当するときが一番楽しいです。
このヒビノという会社も、僕が入社した1980年代当時は「ロックをやるならヒビノ」と言われるような存在でした。せっかくこの仕事をするなら、ロックに強いヒビノで働きたいという憧れを抱いて、この会社を選びました。
当時は周りの先輩方もみんなロック好きばかりで、ロン毛の方もたくさんいましたね(笑)。そんな先輩方の仕事ぶりを間近で見ることができ、この会社に入って本当に良かったと思っています。
この仕事に慣れるまでに
かかった時間は?
実は、いまだに慣れていません。というのも、ライブ業界というのは、常に初めての方と出会い、初めての環境でする仕事。アーティストや会場だけでなく、その日の気温やお客さまが着ている服の素材によっても音の響き方がまったく変わるため、一度として同じ現場がないんです。だからこそ、いい意味で一生慣れないことが、この仕事の魅力だと思っています。

音響の仕事に向いているのは
音楽と機械いじりが好きで、
体力のある人
僕のように、音楽と機械いじりが好きな方に向いていると思います。また、体力に自信があることも大切ですね。
それから、早食いのできる方も(笑)。現場によってはご飯をゆっくり食べる暇がないこともあるので、この仕事をしているとみんなだんだんと早食いになっていくんです。お弁当も座ることなく、立ったまま2〜3分でパパッと食べてしまいますね。
水沢さんが考える、
学生のうちに
やっておいた方がいいこと
自分の好きな音楽だけでなく、幅広い音楽を聴くことがとても大切だと思います。僕は加山雄三さんのライブに15年ほど関わらせていただいたのですが、加山さんはやりたい音楽スタイルに合わせてバックバンドを変えていて、フルオーケストラによるクラシックをやったり、ロックミュージシャンとロック系のライブをやったり、演歌のカバー曲を披露するツアーをやったりと、本当に幅広いジャンルの音楽に触れる機会があったんです。その経験を通して、「若い頃からもっと幅広い音楽を聴いておけば良かったな」と強く思いました。どんなジャンルの音楽に対しても壁を作らず、興味をもつことがとても大切なのだと思います。
もし僕が学生時代に戻れるなら、さまざまな音楽を聴くだけでなく、楽器や音楽理論についてももっと学びたいですね。実は僕自身、あまり音楽理論について詳しくなく、譜面もあまり読めないのですが、きっと知っていることで仕事の幅が広がる場面があると思います。アーティストやプロデューサーの方から「こういうイメージで」「こんなふうにしてください」といった要望をいただくこともあるので、音楽知識があることは、大いに役に立つと思います。

水沢さんから読者の皆さんへ
最近はイヤホンで音楽を楽しむ方も多くいらっしゃると思いますが、ぜひ少しでも多くライブ会場へ足を延ばして、生の音楽を体感してみてほしいです。ライブだからこそ感じられる音や空気感は、その場限りのもの。きっといくつもあるライブのなかで、人生に影響を与えるような音楽に出会うこともあると思うのです。 そんな特別なライブに、僕らのようなライブスタッフが携われたら、最高に幸せですね。
水沢さんのホール公演のある一日
09:00
会場入り、搬入、セッティング開始
12:30
お昼休憩
14:00
楽器の調整
16:00
アーティストの会場入り、単音チェック、リハーサル
18:30
本番開始本番開始
21:00
本番終了、撤収開始
22:30
解散
取材協力:ヒビノ株式会社
公式HP
Staff Credit
編集:Asaka.T
インタビュー・記事:Suzu
ページ運用:Mo.et



