【吉田美月喜】映画『カムイのうた』〝偉業を成し遂げた女性〟として語り継がれる彼女そのベールに包まれた19歳の素顔

吉田美月喜

映画『カムイのうた』
〝偉業を成し遂げた女性〟として
語り継がれる彼女
そのベールに包まれた19歳の素顔

「うちのカレーの隠し味はね…」、「毎年の家族行事は…」、私たちは生まれ育つ過程で、小さな“恒例”から大きな“文化”まで、受け継がれてきたものと共に生きている。文字をもたない世界で生み出され、口承で時を越えてきた物語もそのひとつ。誰かの「残したい」という〈意志〉がなければ、出逢えなかった物語。同時に、現代には歴史も文化も、アイデンティティも存在しなかったかもしれない。これは、神が宿る地・北海道で、揺るぎない〈意志〉を燃やし、「繋げよう」と、命をかけて闘い抜いたひとりの女性の物語。

映画
『カムイのうた』

映画『カムイのうた』

学業優秀なテルは女学校への進学を希望し、優秀な成績を残すのだが、アイヌというだけで結果は不合格。その後、大正6年(1917 年)、アイヌとして初めて女子職業学校に入学したが土人と呼ばれ理不尽な差別といじめを受ける。ある日、東京から列車を乗り継ぎアイヌ語研究の第一人者である兼田教授がテルの叔母イヌイェマツを訊ねてやって来る。アイヌの叙事詩であるユーカラを聞きにきたのだ。伯母のユーカラに熱心に耳を傾ける教授が言った。「アイヌ民族であることを誇りに思ってください。あなた方は世界に類をみない唯一無二の民族だ」 教授の言葉に強く心を打たれたテルは、やがて教授の強い勧めでユーカラを文字で残すことに没頭していく。そしてアイヌ語を日本語に翻訳していく出来栄えの素晴らしさから、教授のいる東京で本格的に頑張ることに。同じアイヌの青年・一三四と伯母に見送られ東京へと向かうテルだったが、この時、再び北海道の地を踏むことが叶わない運命であることを知る由もなかった…。

北里テル

実在の女性・知里幸惠をモデルとした
聡明なアイヌ民族の女性。

吉田美月喜

アイヌ民族の少女の生き様を描いた本作。
撮影も北海道で行われたとお聞きしました。
現地での撮影はいかがでしたか?

夏のシーンはおよそ1ヶ月間北海道に滞在して撮っていたのですが、まず、東京との空気の違いに驚かされました。普段自分が生活している場所とまったく違う土地での撮影だったので、テルという役に入りこみやすかったです。“北海道”という、美しく澄んだ場所にとても助けられた撮影でした。ただ、冬のシーンの撮影はとても過酷で…。期間は2日間と短かったのですが、とにかく寒すぎて口も頭も回らなくなりました(笑)。一番つらかったのは耳。カットがかかった後に防寒のためにイヤーマフラーをしようとしても、耳に何かが触れるだけで激痛が走って、痛すぎてつけられないんです。耳は赤くなる一方でしたが、イヤーマフラーは泣く泣く諦めました(笑)。

テル
×
吉田美月喜

テルは、アイヌ文化のひとつである叙事詩『ユーカラ』を『アイヌ神謡集』という形で書き遺し19歳で亡くなった、知里幸惠さんという実在の女性をモデルにした人物。最初は、アイヌ民族としての誇りと覚悟をもったとても強い女性に思えて、「私とは全然違う」と感じたのを覚えています。ただ、北海道にある記念館などに足を運ばせていただくうちに、実は年相応の恋をしていたり、親に反抗していたりと、19歳らしい一面ももっていたことがうかがえて。役作りをするうえで大きなヒントになりました。偉業だけに目を向けてどこか遠くに感じていたのですが、彼女がもっていた人間らしい弱みや感情に触れ、見てくださる皆さんにも、少しでも親近感を抱いていただけるテルになるよう演じることを意識しました。

映画『カムイのうた』

北海道の地では、
記念館でどんな資料をご覧になられたのでしょうか

『銀のしずく記念館』という、知里幸惠さんの記念館で当時の資料や展示物を拝見しました。そのなかでも一番の学びになったのは、館長さんから直接お聞きしたお話。インターネット上だけでは知り得ない深いところにまで触れることができ、とても興味深かったです。

“ひとりの少女”である知里幸惠さんの
本質的な部分を垣間見られたんですね。

そうですね。とはいえ、やはり現代と比較すると「実年齢(19歳)よりかなり大人だな」と感じることが多かったです。いまは快適な生活を送るため、当たり前のように利便性の高いものに囲まれているじゃないですか。それは決して悪いことではないけれど、その分、自分の頭で考えることの大切さを忘れてしまっているような気がしていて。19歳の頃の私は、知里さんのように自分の頭で考え、命をかけて「自分たちの文化を守ろう」とは思えなかったので、彼女の生き様から学ぶものはとても多かったです。

吉田美月喜

厳しい差別を受ける場面は
とても苦しく、つらい印象を受けました。
テルとして、どのような思いで受け止めましたか?

先ほどもお話したように、場所のおかげでテルという役柄に自然と入り込むことができていたので、起きることをとにかくありのままに受け止めていました。ただ、心が痛くなるようなシーンが多かったせいか、次第に「慣れ」が生まれてしまっていたようで。ある時、菅原(菅原浩志)監督から「つらさに対するテルの反応がすべて同じに見える」と指摘をされたんです。芝居に対して行き詰まっている私を見て、監督が撮影の合間ごとにシーンの状況を丁寧に説明してくださって。気持ちを整理させてもらった状態のまま、静かに撮影を再開してくださる監督だったので、とてもやりやすい環境で芝居をさせていただきました。

吉田さん、
そしてテルに寄り添ってくださったんですね。

そうです。あと、監督の撮影のはじめ方が他の監督と少し違うのも、テルを演じるうえで助けられたポイントでした。撮影が始まる際、「よーい、スタート!」と大きな声を出すのが一般的な監督のイメージだと思うのですが、菅原監督は「よーい、アクション」と、とても小さな声でおっしゃるんです。この理由について伺ってみたら、「演技は監督の掛け声以前からすでに始まっているもの。だから『スタート』じゃなくて、カメラを動かすという意味での『アクション』なんだよ」と。演技の流れを自然にカメラに収めるために、大きな声ではなく小さな声で、あくまで静かに始めるんだ、ともおっしゃっていて。いままでに出会ったことのない、とても新鮮な考え方で驚かされました。実際、撮影中に「いつの間にかカメラが回っている」と感じたことが何度もあって。あれは、良い作品を作り上げるための菅原監督独自のやり方だったのだと納得しました。

映画『カムイのうた』

すごく素敵な考え方ですね。
テルを演じるにあたり、
『ユーカラ』などのアイヌ文化のお稽古も?

初めて触れる文化や風習がかなり多く、大変でした。『ユーカラ』を始め、『ムックリ』というアイヌの楽器の鳴らし方のほか、着物を着る・脱ぐ・畳むといった所作も覚える必要があって…。加えて『ユーカラ』は口伝えの物語なので、人によって少し話が追加されていたり、メロディーが違っていたりとアレンジがかなり多くて。『ムックリ』に関しても同じことが言えるのですが、とにかくとても自由度が高いものなんです。自由だからこそ、のやりやすさがある反面、正解がわからない怖さもありました。撮影の際には現地の方から直接指導を受けたのですが、「全然違う」と言われてしまい…。

正解がないものの、
不正解はあるというのもまた難しい部分ですね…。

『ユーカラ』に関しては、まず音源を聴いて「綺麗に表現しよう」と意識して自主練をしていったのですが、現地で指導を受けた際に「これは物語だから、言葉の一つひとつに意味がある。それらの意味をしっかりと理解していますか?」と、指摘されてドキリとして。そこから、物語に出てくるすべての役を細かく教えてもらいました。「ナチュラルに“詠う”のではなく、ナチュラルに“話す”ように」と、終始厳しく指導していただいたおかげで、本番では練習の成果を発揮することができたと思います。

吉田美月喜

吉田美月喜

厳しくも細やかな指導の奥に、
アイヌ文化への 〈誇り〉を感じますね。

まさにそう思いました。練習は大変でしたが、本気で指導してくださったことが純粋に嬉しかったです。それだけこの映画に期待してくださっているんだな、と。だからこそ、絶対に納得してもらえるものにしようと強く思いました。

Dear LANDOER読者
映画『カムイのうた』
From 吉田美月喜

完成した作品を観たとき、一番に感じたのは〈生命力〉や人間がもつ〈想い〉の強さ。テルはさまざまな差別を受けて肩身の狭い思いをしますが、「絶対に独りではない、だから安心していい」という力強いメッセージを伝えてきてくれるんです。私自身、そんなテルの在り方に勇気づけられました。この物語の軸にあるのは、実際に昔の北海道で起こった出来事。現代(いま)を生きる皆さんにもこの事実を知っていただきたいと思います。そして、アイヌ民族として生き抜いたひとりの少女の壮絶な人生を多くの方に知っていただき、本作が長く愛される作品になってくれたら嬉しいです。

吉田美月喜

吉田美月喜

よしだ みづき

3月10日生まれ。
弧を描く天真な瞳、鈴が鳴るような笑い声、
〈喜〉のぬくもりで心の温度をふんわり上げてくれるDOER

映画『カムイのうた』

映画『カムイのうた』
2024年1月26日(金)以降全国の劇場にて公開を予定

出演:吉田美月喜 望月歩 島田歌穂 清水美砂 加藤雅也
監督・脚本:菅原浩志
主題歌:「カムイのうた」島田歌穂
©シネボイス

Staff Credit
カメラマン:興梠麻穂
ヘアメイク:田中陽子
スタイリスト:岡本純子
インタビュー:満斗りょう
記事:満斗りょう、小嶋麻莉恵
ページデザイン:古里さおり