【Color.24】 衣裳デザイナー 小川久美子 「物語を読み解き、服で人生を描きだす 映画『わたしの知らない子どもたち』 映画衣裳の仕事」

衣裳デザイナー 小川久美子

衣裳デザイナー

小川久美子

学生時代からCMのスタイリストを始め、卒業後、雑誌「アンアン」等で活動を本格化。1981年、相米慎二監督作『セーラー服と機関銃』にて映画衣裳に初挑戦。クエンティン・タランティーノ監督の『キル・ビル』(03)を担当したことで世界的にも注目をあびる。李相日監督作『悪人』(10)『許されざる者』(13)『怒り』(16)『流浪の月』(22)『国宝』(25)をはじめ、『すばらしき世界』(21/監督:西川美和)、『土を喰らう十二ヵ月』(22/監督:中江裕司)など。

Chapter 1

映画作品を支える衣裳の仕事

私は、映画作品に合わせて衣裳を考える仕事をしています。ただデザインを考えるだけでなく、制作の各工程でさまざまな業務を担っています。 まず脚本をいただいたら、物語の背景や時代を知るために、一週間ほど図書館に足を運んで勉強するところから始まります。そして、作品やキャラクターに合った衣裳を考え、デザイン案を描いたり、イメージに合う既製品を探したり。ぴったりのものがなければ、生地を求めて問屋さんを何十軒も回り、一から作ることもあります。 衣裳が揃ったら、次は俳優の方との衣裳合わせです。「このシーンではこれを着てください」と実際に着用いただき、メイクさんともイメージを相談しながら、役柄に合っているかをチェックします。 撮影が始まれば、毎朝衣裳を用意して現場に立ち会い、シーンや演技に合わせて細かな調整を。その日の撮影が終われば、洗濯などの手入れを行い、翌日の準備に取りかかります。最後に、借りた衣裳を返却できる状態に整えてお返しするまでが、衣裳部の一連の仕事です。

映画『わたしの知らない子どもたち』

小川さん最新作
映画『わたしの知らない子どもたち』

今回の映画『わたしの知らない子どもたち』では、西川美和監督がおっしゃっていた「童話っぽく」というワードを意識しました。監督の真意や、作品を観た方がどう感じられるかは分かりませんが、私なりの解釈を衣裳に落とし込んだつもりです。また、「真っ暗な画面が続いて観ている人が暗い気持ちになるのは嫌だ」というお声もあったので、その意向も汲みながら、画面が重たくなりすぎないような衣裳を考えました。

本作は、終戦直後という重い時代背景のなかで大変な思いをしながら生きる子どもたちの物語です。ただ、西川監督はずっと「暗い作品ではなく、希望が残る映画にしたい」とおっしゃっていて。きっと、観てくださるみなさんが“戦争孤児の話”と聞いて想像するものとは「あれ?なんか違うな」と感じていただける作品になっていると思います。

カラフルなセーター、赤い帽子─…
子どもたちが着ていたはずの
服を想像して

劇中で子どもたちが着ている可愛らしい服には、画面の明るさを意識して選んだという側面もありますが、「戦後=地味な服」にしたくないという思いも込めていました。戦争孤児となる子どもたちも、戦争の前は普通に暮らしていたはず。孤児になった瞬間に「孤児用の服」を着るわけではありませんから。

映画のなかでは主人公・琴子ちゃんのセーターが「楽しい時代に着ていたもの」という希望の象徴のようにも映りますが、そうした映画的な意味を抜きにしても、子どもたちはそれまで持っていたものを持参して疎開し、着慣れた服をそのまま身につけていたと思うんです。そうした背景も意識して衣裳をデザインしました。

映画『わたしの知らない子どもたち』

衣裳の使用感を作ることも
衣裳部の仕事

本作のなかで登場人物が着ている衣裳には汚れや使用感がありますが、これも衣裳部がやすりで擦ったり、何十回も洗ったりして風合いを作っています。

本当に不思議なのですが、実際はかなり黒く汚れている服でも、カメラを通すとライティングや映像の質感によって汚れがあまり鮮明に映らないことがあるんです。血の跡をつける加工も、「こんなにつけたらダメかな?」と思うくらい大袈裟に施しても、映像上ではそれほど強く感じられなかったりして。ですから、皆さんも映画の衣裳を注意深く見てみると、思っていた以上に生地がくたびれていたり穴が空いていたりするかもしれません。こうした映像での見え方を考えながら施す細かな加工も、アシスタントとともに衣裳部が担っている仕事です。

Chapter 2

小川さんが映画の衣裳デザイナーに
なったきっかけは?

私は偶然この仕事に就いたので、これから衣裳デザイナーの仕事を目指す方とは、入り口がまったく違うかもしれません。というのも、私が映画衣裳の仕事を始めたころは、まだ「映画にスタイリストをつける」ということが一般的ではありませんでした。当時は映画会社にたくさんの衣裳や小物が用意されていて、そこからスタッフが監督と一緒に選んで衣裳を決めていたんです。映画の制作チームのなかにスタイリストというポスト自体がなかったんですよね。

そんななか、雑誌やコマーシャルの世界でスタイリストとして働いていた私に、映画の仕事をする機会が巡ってきたんです。写真集のスタイリングを担当していた女優さんが主演映画を撮影するタイミングで、監督から「映画のスタイリングをやらないか」と声がかかって。きっと監督も「若い女優さんが主演をやるならば、おじさん世代のスタッフが衣裳を決めてはダメだ」と思われたんでしょうね(笑)。そんな偶然のきっかけから、映画のスタイリングの仕事が始まりました。

衣裳デザイナー 小川久美子

これから映画衣裳の仕事を
目指すには?

私がたまたまのご縁で映画衣裳を始めたように、仕事はそういった偶然や人との出逢いで決まっていくものなので、意外と「こうしたルートを辿ればこの仕事に就くことができる」という決まった道筋はないと思っています。

私自身は個人で仕事をしていますが、衣裳の会社に所属して働いている方もいますし、そうした会社に「アシスタントとして働きたい」と問い合わせてみるのも、映画の衣裳部で働く一つの方法だと思います。きっとどこも人手が足りていないと思うので、「じゃあ、手伝いに来てみて」と声をかけてもらえることもあるんじゃないかな。

なにしろ映画衣裳部の仕事は、細々とした業務が多いんです。デザインを考えるだけでなく、お洗濯をしたり、アイロンをかけたり、俳優さんに衣裳の指示を出したり。前日に撮った映像と今日撮っている映像の衣裳が同じように映っているか確認することも、衣裳部の大切な仕事です。まずはアシスタントとしてそうした仕事を一つひとつ経験しながら、少しずつ技術や知識を身につけていくことが、一人前への第一歩になるはずです。

一方で、服についての専門知識を身につけておくことも大切。私自身は服飾の専門学校に通っておらず、服について専門的に学ぶ機会がありませんでしたが、実際に衣裳を作ったり直したりするなかで「専門知識を学んでおけば、もっと楽だっただろうな」と思うことが多々ありました。仕事に就くのに正しいルートはないとはいえ、専門学校などで服について学んでおくと大きな助けになると思います。

衣裳デザイナー 小川久美子
Chapter 3

小川さんがやりがいを感じる瞬間

「これが満点」という明確な点数はつかない世界ですが、自分なりに「うまくキャラクターを表現できたな」と納得できたり、「この画面、とてもいいな」と思えたりする瞬間はとても嬉しいものです。また、俳優さんが喜んでくれたときや、「衣裳をみて自分のやるべきことがわかった」と言ってくださったときにもやりがいを感じます。

衣裳は「映像に映るとき」が勝負

衣裳の仕事は「良い衣裳を揃えて終わり」ではなく「画面に映るとき」までが勝負だと思っています。同じ衣裳でも、見せ方や映り方によって、まったく違って見えるんです。

たとえば同じワイシャツでも、衣裳合わせのときには袖を下ろした状態で決めていたのに、実際のお芝居を見ると「袖をまくったほうがいいかもしれない」と思うことがあったり。そうした判断は、お芝居の雰囲気や役の精神状態に合わせて都度行うもの。だからこそ、撮影現場での映り方を確認しながら、お芝居に合わせて細かな調整を重ねていくところまでが衣裳の仕事だと考えています。

衣裳デザイナー 小川久美子

実は体力が必要な映画衣裳の仕事

仕事をしていて大変な瞬間はたくさんありますが、とくに大変なのは暑い日ですね。気温が40度近くある日にずっと屋外で撮影することもあるので、体力がなければなりません。

それに、衣裳部は一度に扱う衣裳の数も多いんです。撮影するシーンの出演者が50人いる場合は、50人分の衣裳を一つひとつ考え、撮影日までに揃える必要があります。連日撮影が続けば、翌日の撮影に備えて衣裳を洗濯するのも50人分。そうした、質と量を求められる仕事が一定期間続くわけです。体力が落ちると、気力も低下して仕事が雑になっていってしまう。「ここは少し直した方がいいかな?」と思っても、「まぁ大変だからいいかな…」と諦めてしまいそうになるかもしれない。撮影中、クオリティの高い仕事を維持するためにも、体力はとても重要です。

Chapter 4

衣裳デザイナーの仕事に
向いているのは
ストーリーが好きな人

この仕事には「ストーリーが好きな人」に向いていると思います。

私たちの仕事は、物語のなかにいる人間が一体どんな人物なのかを考えるところから始まります。このシーンではどんな感情を抱いているのか、こんなセリフを言うということはきっとこういう考え方をする人だろう、と。そうやって人物像を想像したうえで「そんな人ならどんな服を着ているだろうか」と考えていくわけです。

だからこそ物語が好きな人は向いていると思いますし、普段から無意識に人間を観察して、想像を膨らませられる人も向いていると思います。

また、私自身が向いていたなと思うのは、もともと写真を見るのが好きだったこと。雑誌の仕事をしていたこともあり、画面全体をみて判断することが得意だったのはこの仕事をするうえで得でした。絵でも写真でも映像でも、「四角い画面に映っているものからそれ以上の感情を受け取ることができる人」は、その才能が武器になると思います。

衣裳デザイナー 小川久美子

小川さんから
働くことに向き合う読者へ

どんな仕事も、遊びと同じくらい一生懸命に楽しんでください。大変なことは付きものですし、寝る暇がないほど忙しかったり、思い通りにいかなかったりすることもあるでしょう。それでも、たとえピンポイントで苦しい瞬間があったとしても、一生懸命に仕事をすることを「楽しい」と思えるかがとても大事。その楽しさを積み重ねていくことが、仕事を長く続けていく力になると思います。

小川さんのとある1日

8:00

起床 朝の支度 朝ごはん

10:00

資料を読んだり 登場人物のキャラクターを考えたり

12:30

昼食

13:30

考えの整理 ラフなデザイン画を描き始める

18:00

夕食

20:00

本格的にデザイン画を描き始める
キリの良いところで終了(夜のほうが集中出来るので)

映画『わたしの知らない子どもたち』
2026年10月16日(金)より公開
出演:小八重葵美 二階堂ふみ
   坂東龍汰 櫻井海音
   北村有起哉 吉田羊 竹野内豊
   岡田准一 / 田中裕子 役所広司
原案・脚本・監督:西川美和
音楽:原摩利彦 VFX:白組

映画『わたしの知らない子どもたち』
©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

Staff Credit
インタビュー:Suzu
記事:Suzu、満斗りょう
ページ運用:Mo.et