【池松壮亮】映画『フロントライン』あのとき、暗闇を照らした〈善意〉の灯これはコロナ禍の〝最前線〟で闘い続けた、名もなきヒーローたちの物語

池松壮亮

映画『フロントライン』
あのとき、暗闇を照らした〈善意〉の灯
これはコロナ禍の〝最前線〟で闘い続けた、
名もなきヒーローたちの物語

世界中が一変したコロナ禍。「会えない」「触れられない」「人と繋がれない」───数えきれないほどの制約を前に、私たちは否応なく〝人間の本質〟と向き合うことになった。そんな暗闇のなかで浮かびあがってきたのは、不安や怒りだけではなく、誰かのために見返りを求めず奮闘する〈善意〉の力強さ。映画『フロントライン』が描くのは、未知のウイルスに立ち向かい、批判や混乱の渦中に身を置きつつも、自らの命を晒して最前線に立ち続けた〝名もなきヒーローたち〟の物語。困っている誰かを前にしたとき、自分には一体何ができるだろう。私は信じたい、極限の状況でこそ現れるのは、きっと〈人の善意〉だと。

映画『フロントライン』

映画『フロントライン』

―2020年2月横浜港、乗客乗員56ヵ国 3,711名、
感染者数不明、治療法不明―
あの日、あの時、あなたならどうしたか―。
未知のウイルスに〈最前線〉で挑んだ
事実に基づく物語を映画化―

2020年2月、豪華客船ダイヤモンド・プリンセスで日本初の新型コロナウイルスの集団感染が発生。当時、日本にはウイルス災害専門の機関は存在せず、船内の救命活動に駆り出されたのは、災害派遣医療チーム[DMAT(ディーマット)]だった。彼らは地震や洪水の災害スペシャリストではあったが、未知のウイルスに対応する経験を持たない彼らに世界中から批判の声が集まり始める…。全世界がコロナを経験し日常を取り戻した今、この船で起きた出来事を果たしてどれだけの人が知っているのか――。

-あらすじ-

2020年2月、乗客乗員3,711名を乗せた豪華客船が横浜港に入港した。香港で下船した乗客1人に新型コロナウイルスの感染が確認されていたこの船内では、すでに感染が拡大し100人を超える乗客が症状を訴えていた。出動要請を受けたのは災害派遣医療チーム「DMAT(ディーマット)」。地震や洪水などの災害対応のスペシャリストではあるが、未知のウイルスに対応できる経験や訓練はされていない医療チームだった。対策本部で指揮を執るのはDMATを統括する結城英晴(小栗旬)と厚労省の立松信貴(松坂桃李)。船内で対応に当たることになったのは結城とは旧知の医師・仙道行義(窪塚洋介)と、愛する家族を残し、船に乗り込むことを決めたDMAT隊員・真田春人(池松壮亮)たち。彼らはこれまでメディアでは一切報じられることのなかった〈最前線〉にいた人々であり、治療法不明の未知のウイルス相手に自らの命を危険に晒しながらも乗客全員を下船させるまで誰1人諦めずに戦い続けた。 全世界が経験したパンデミック〈最前線〉にあった事実に基づく物語——。

-真田春人-

映画『フロントライン』
©2025「フロントライン」製作委員会

DMATの隊員。
地域の中核病院の救急センターに勤務する救急医。
生来の優しい性格から、
今回のミッションへの参加を決断する。

映画『フロントライン』
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池松壮亮

世界中が共に経験したパンデミック。その渦中で大きな話題となった『ダイヤモンド・プリンセス号』の物語を映画にすると聞いて、最初はとても驚きました。本作のお話をいただくまでは、あのとき船内で何が起こっていたのかを報道レベルでしか知らなくて。報道では知り得ない真実の物語を、フィクションでどう描くべきなのか、何を伝えるべきなのか、さまざまな問いがこみ上げてきたのを覚えています。それから脚本を読ませていただき、今作に思いを馳せる中で、自分自身があのパンデミックによって何を失い、何を得て、何を学んだのかを今一度振り返ることができたんです。そして、DMAT(ディーマット)という“名もなきヒーローたち”の奮闘を知り、彼らの世界への献身に、心から勇気づけられました。

池松さんご自身は
当時、新型コロナウイルスの感染者を乗せた
ダイヤモンド・プリンセス号が
横浜港に停泊したというニュースを
どのようにご覧になっていましたか?

いまから思えば、当時はまだまだ他人事のように感じていたと思います。あの頃たまたま横浜港を通りかかって、停泊しているダイヤモンド・プリンセス号を実際目にする機会があったんです。普段はにぎわっている場所に人影がなく、静かで雄大な夕方の東京湾に、きらきらと優雅に大きな船が浮かんでいて。その景色が嘘のように綺麗だったことを覚えています。船内で起こっていることはニュースで知っていたものの、そのことと目の前の景色とのギャップに、感情がうまく追いつかないような感覚でした。

池松壮亮

ダイヤモンド・プリンセス号のなかで
コロナに立ち向かう
DMATの隊員・真田春人を演じるにあたり、
ご自身のなかで
大切にしていたことを教えてください。

あのパンデミックを振り返ると、世界中が先の見えない暗闇に包まれていたような感覚でしたよね。さらにコロナによって様々な社会問題が浮き彫りとなり、Black Lives Matter運動やMe too運動など、世界がひっくり返るような時間を経験していたと思います。そんな真っ暗闇のトンネルの中で、この世界に光を灯し続けてくださっていた医療従事者の方々に対して、畏敬の念を抱いていました。本作の撮影には、実際に船に乗り込まれたDMATの方々が監修として協力してくださっているのですが、撮影当時は能登半島地震での活動が忙しかった時期で、合間を縫って交代で撮影現場にいてくださいました。本当に頭が下がる思いでしたし、ダイヤモンド・プリンセス号の船内で何があったのか、どのような心境だったのかということを、技術的な面も含めて直接お伺いできる撮影体制だったことは、本当に大きな支えとなりました。そうしたDMATの先生方の姿勢やお人柄から感じることを、この役に投影していきたいと考えていました。

当事者の方の〈声〉は、とても貴重ですね。
DMATの皆さんとは
どのようなお話をされましたか?

DMATの先生方にお話を伺っていると、皆さん口を揃えて「大したことはしていないよ」と謙遜されるんです。そして「何も考えてなかった」と笑って話してくれます。それを聞いて、本当に皆さんが〈善意〉で動かれていたことが伝わってきました。目の前の命に対する、損得勘定のないまっすぐな善意だと思いました。ある日突然、約3,700人もの命を預かることになり、未知のウイルスと対峙し、奮闘された有志の方々がいたという事実。現実ではまるで信じがたい映画の中のおとぎ話のようですが、それがたった5年前に、実際に起きた事実であるということ。そして、あのとき懸命に対応にあたってくださった皆さんのおかげで、現在(いま)ある命があるということに、心から感動しました。

映画『フロントライン』
©2025「フロントライン」製作委員会

関わられた皆さんの〈善意〉を
目の当たりにされたのですね。

パンデミックから学んだことはたくさんありましたが、何よりも強く心に残っているのは〈人の善意〉の力強さでした。皮肉なことですが、行き過ぎた資本主義のなかで失われた〈人間の可能性〉を、あれほど感じられた期間はありませんでした。もし、自分が医者としてあの船に乗っていて、目の前に苦しんでいる人がいたらどんな行動ができただろうかと、真田先生という役を通して日々考えていました。無力さを感じながら、目の前の人の苦しみや痛みを見つめ、何を与えることができたのか。人道的であること、〈人の善意〉の力を、この作品に携わることで今一度考えさせてもらえた気がします。

映画を拝見して、
部下や家族を想いながら患者さんに向き合う
真田の〈強さ〉に感動しました。
彼の強さの根源はなんだったと思いますか?

命が目の前にある、だから一生懸命自分ができることをする。それだけだったんだと思います。ある先生が「後先考えていたら医者なんてできませんよ」と教えてくれました。「本当にその通りだな」だなと思いました。その淀みのないまっすぐな心に感動しました。

映画『フロントライン』
©2025「フロントライン」製作委員会

そんなまっすぐな志をもっている方々が
この国にいる、
ということだけで希望を感じます。

本当にそう思います。そのことをこの映画が伝えることで、誰かの生きる力になると信じています。僕には医学部6年生になるいとこがいるのですが、ちょうどこれから、どの科を選択するのか迫られる時期で。この国の先行きや将来の不安のことを考えていろいろと迷っていたようなのですが、この作品をいち早く観てくれて「医者であることの原点を思い出させてくれた」とメッセージをくれて。その言葉を受けとって、この作品に携われてよかったなと心から思いました。

今回、企画、脚本、プロデュースをされた
増本淳さんとは
どのようなお話をされましたか?

プロデューサーと脚本家が同じ、というのはこれまであまり経験のないケースでしたが、増本さんから直接オファーをいただいて、その後もいろいろとお話をさせていただきながら非常にやりやすい形で撮影に臨むことができました。脚本を読んで何より驚いたのは、徹底したリサーチ力。医師の皆さんも「描写に狂いがない」とおっしゃるほどで、何年もかけてこの作品を育ててこられた増本さんの熱意を感じました。本作のような事実に基づく作品において、設計図となる脚本が何より信頼できるというのは、キャストスタッフにとって本当に心強いことでした。さらに、情報の羅列ではなく、しっかりと事実を抽出しながら“全体的なエモーション”を見事に捉えている脚本でした。この増本さんの挑戦に「是非とも参加したい」と強く思わされました。増本さんの意志が確かな指標としてあったからこそ、最後までブレることなく真田という役に徹することができました。

池松壮亮

最後の真田が帰ってくるシーンには
もともと別のセリフがあったにも関わらず、
真田が家を出ていくシーンの撮影を見た増本さんが
「言葉が逆に嘘になる」と考えられ、
セリフを変更されたと伺いました。

その2つのシーンは船内での撮影を終えた後、同じ日に撮ったものなんです。現場によっては監督が脚本を書き換えることはありますが、今作では総責任者である増本さんが、その場その場で見て判断をしてくださっていて。クリエイティブに向いた素晴らしい環境だったと思います。制作の“船長”として増本さんがいて、“指揮官”として関根(光才)監督がいて、俳優部の“船長”として小栗(旬)さんがいて——。小栗さんとはシーンとしてはほとんどご一緒できなかったのですが、自分の出番のない日も頻繁に現場に来て、静かに見守ってくれていた姿が印象的です。映画作りにおいて、信念と責任感の強い方々が首脳陣にいてくれたからこそ完成した作品だと思っています。

まさに制作のフロントラインですね。
今作では、医療従事者の方の奮闘を描く一方、
報道やSNSの怖さも描かれていました。
池松さんの目には、
それらの怖さはどのように映りましたか?

まず、今作が報道やSNSの疑うべき怪しい面を、臆さず正面から描いているという点に感動しました。もともとテレビ局にいらっしゃった増本さんが“マスコミのあり方”について描くということは、きっと大きな覚悟が必要だったはずです。その視点があるからこそ、単に「コロナ禍で大変だった」「それを救った」という一面的な物語にとどまらず、パンデミックによってあらわになった社会や、人の露悪的な側面も描くことができたと思います。この作品は、ダイヤモンド・プリンセス号の出来事を中心とした物語ですが、コロナ禍というものの〈縮図〉でもあります。あの日、世界で起きていた真実に向き合い、映画としてひとつの答えを出すということに挑戦している今作の誠実な姿勢に、心から感動しています。

池松壮亮

Dear LANDOER読者
映画『フロントライン』
From 池松壮亮

作中で、小栗(旬)さん演じる結城先生と窪塚(洋介)さん演じる仙道先生らの「こんなときのために医者になったんじゃないのか」という問いは、そのままはね返って、「こんなのときのために俳優をやっているんじゃないのか」と自分自身に向いてくるものでした。コロナを題材に、原作のないメジャー映画をつくるということは、社会に満映する「嫌なことは忘れて前を向いていきましょう」という流れのなかで、タブーに踏み込んだものだと思っています。しかし見方を変えれば、どれほど売れた原作があったとしても、あの日全世界が同じ痛みを共有したコロナという題材の認知には敵いません。この5年でコロナを題材にした作品は数多く生まれましたが、この国でこれだけのスケールで描かれるのは、本作が初めてです。映画が完成したいま、増本さんと関根さんの大きな大きな挑戦にみんなで乗り込み、エンターテイメント性と人間ドラマが見事に調和した現代的な大作映画を仕上げられたことに、とても大きな意義を感じています。是非、一人でも多くの方に届いてほしいと思いますし、このダイナミックな映像と私たち自身が経験したコロナにまつわる物語を、映画館で、大切な誰かや、たまたま横に座った知らない誰かと、隣り合わせで観て想いを馳せてほしいと思っています。なぜなら、それこそが私たちがあのコロナを経験して学んだことだと思うからです。

池松壮亮

池松壮亮

いけまつ そうすけ

7月9日生まれ。
静かな〈池〉に落ちる物語の雫たちを繊細に熟考し、
その波紋までをも芝居に落とし込むDOER

映画『フロントライン』
6月13日(金)全国ロードショー

出演者:小栗旬
    松坂桃李 池松壮亮
    森七菜 桜井ユキ
    美村里江 吹越満 光石研 滝藤賢一
    窪塚洋介
企画・脚本・プロデュース:増本淳
監督:関根光才
製作:「フロントライン」製作委員会
制作プロダクション:リオネス
配給:ワーナー・ブラザース映画

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© 2025「フロントライン」製作委員会

Staff Credit
カメラマン:YURIE PEPE
ヘアメイク:内藤歩 AYUMI NAITO
インタビュー・記事:満斗りょう、Suzu.
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