【風間俊介】舞台『モンスター』「客席で観たら最高だろうなぁ」そんな言葉がこぼれるほど、作家の〈妙〉が漂う一作確信的な〝不成立〟が私たちを刺激する

風間俊介

舞台『モンスター』
「客席で観たら最高だろうなぁ」
そんな言葉がこぼれるほど、作家の〈妙〉が漂う一作
確信的な〝不成立〟が私たちを刺激する

時々思う。私がもつ光量には、私の〈闇〉を食い止めるだけの力があるのか、と。そう思うのはたいてい、ふと日常の中で自分の〝モンスター性〟を自覚してしまった時で、その瞬間「いつか喰われてしまうだろう」という脅威に襲われる。だから私は、空を見たいし、花を愛でたいし、他者と会話をしたい。自分の光量を増やすための一つの手段が「愛」や「幸せ」だとするならば、愛することも幸せを感じることも、現実社会を健やかに生きる人間を《演じる》ために必要なト書きなのではないだろうか。『モンスター』と題された世界を生きる4人のモンスターたち。彼らが〝普通〟の人間として生きるために必要とした妙なト書きを、その行く末を、どうかその目で見届けて――

舞台『モンスター』

舞台『モンスター』

『モンスター』は、家族から十分な愛情を受けられず社会に問題児として扱われる生徒と、かつての華やかな職場から逃れ、自分自身も深い問題を抱える新人教師との対峙を軸に、大人の子育てと責任、未成年の反社会的な行動といった、教育・家族関係を鋭く表現した物語です。 イギリスの劇作家ダンカン・マクミランが2005年に執筆し、コンペティションの入賞や演劇賞のノミネートなど注目を集め、英国演劇界で頭角を現すきっかけとなった戯曲で、その後マンチェスターのロイヤル・エクスチェンジ・シアターで07年に初演されました。マクミランは、日本で上演された『LUNGS』で現代の男女が抱える家族問題、『エブリ・ブリリアント・シング』でうつ病が家族や人々にもたらす問題を、そして『People, Places and Things』で薬物やアルコール依存とその回復といった、現代の社会が直面している問題に深く切り込みつつも、自身で「重要なのは誠実な作品を届けること」と語るように、観客がテーマを身近に感じることができる作風で新作を発表するたびに注目を集めています。そんなマクミランの初期の代表作がいよいよ日本で初演されます。

-Story-

ある日目がさめて両足が吹っ飛んでたら
そしたらあんたはどうする?

教育現場で新たな人生を歩み出したトム(風間俊介)の目の前にいるのは、 14歳の少年ダリル(松岡広大)。何も恐れない、壊れてしまった少年に、大人は何ができるのか――。二人きりの教室で少年と向き合い続けるトム。歴史は変えられなくても、より良い未来を作ることはできるかもしれない、ひたすらにそれを信じて。これから生まれてくる自分自身の “小さなモンスター”のためのより良い未来を。トムを心配するが故に苛立ちを募らせる婚約者のジョディ(笠松はる)。失うことを恐れ何もできずに天使に縋るダリルの祖母リタ(那須佐代子)。ある夜、トムの帰宅を一人待つジョディの前に、ダリルが現れる—

-トム-

舞台『モンスター』

心に深い闇を抱えながらも状況を変えたいと考えている教師。妻のジョディには。まもなく生まれてくる小さな命が宿っている。

舞台『モンスター』
×
風間俊介

お話をいただいて、まず『モンスター』というシンプルなタイトルに惹かれました。『モンスター』を掲げるタイトルの作品が世界に多々ある中で、この作品はどんな「モンスター」を描こうとしているのかが興味深くて。台本を読みこむ前の僕の勝手なイメージは、分かりやすい脅威ではなく、どこか潜在的なモンスター。その期待を胸に台本を読んでみたところ、僕の描いていたモンスターと作品に描かれているモンスターが合致したんです。僕たちの日常に潜んでいる表裏一体のモンスター性を描くことで、「モンスター」という言葉が他者ではなく自分に向かってくるような素敵な作品になるんじゃないかと思っています。同時に「この作品は客席で観たら最高だろうな」とも(笑)。出演する役者たちは、登るのがものすごく大変な高く美しい山に挑むことになると思っているので、正直言って今は『モンスター』という名の作品に恐れおののいているところです。

風間俊介

トム × 風間俊介

一言で言うと、僕は「トムもまたモンスター」だと思っています。でもきっと観に来てくださる方々は、トムを観てすぐに「モンスターだ」とは思わないはず。だからこそトムというキャラクターを通して「恐ろしさや脅威はすべての人の中に存在している」と、感じていただけるんじゃないかな、と。あなたが街中ですれ違う人たちもモンスター、あなたもモンスター、そうなってくると「脅威ってとても身近にあるものじゃないですか?」と、言えてしまう。個人的にトムは、そんな問いかけをするキャラクターになるのではないかと予想しているところです。トムに限らず、本作に登場するキャラクターは全員もれなくモンスターなので「あなたも私もモンスター」だと思えば、一周まわって〈狂気〉とは寄り添えるもののような気すらしてきますよね。

今回、トムに共鳴するところはありそうですか?

多分あります。でもそれはトムの中に存在するものに類似している程度のもの、といいますか。分かりやすく記号で説明するとすれば、トムが感じている【A】という感情があったとして、僕が知っているのは【A】と同じ、もしくは近い数式で導き出せる【B】や【C】の感情。トムの感情も突発性も「僕の中でいうとコレか」と連想できるものはあれど、ぴったり同じものではないんです。どのくらいの割合でトムに共感して、どのくらいの割合で理解できないと思うのか、その分量は稽古や本番を重ねるうちに変わってくると思っています。ただ、トムの怒りが突発性だとしたら、僕はどちらかというと遅効性。イラッとすることがあったとしても、その場では出さずに自分の中で一度精査して、時に一時間、時に一週間、時に半年後に「やっぱり怒っているな」と、改めて怒りを感じるタイプなんです(笑)。その瞬間、自分のモンスター性をものすごく感じます(笑)。

風間俊介

ある意味、突発的よりも恐怖ですね(笑)。
ちなみに風間さんご自身は、
自分の中の“モンスター”を
どう受け止めていらっしゃいますか?

なんか、好きです。僕の役者人生を振り返ると、若かりし頃はダークサイドを描いた役を演じさせていただくことが多かった一方で、30代では光の当たっている役を演じさせていただくことが多く、〈光〉と〈闇〉どちらの役にも向き合ってきた系譜があるからか、光が当たる役をいただいた時には「この人の闇はどこなんだろう?」と考え、闇のある役を演じる時には「この人にとっての光はどこなんだろう」と考えるようになったんです。〈光〉と〈闇〉は表裏一体で、どちらももっているのが人間だと思うからこそ、自分の中のダークサイドも大切にしてあげたいと思っています。もちろん人前に立たせていただく仕事なので、きちんとしなければならないのは当たり前。皆さんには光が当たっている風間俊介を見ていただくことのほうが多いと思うのですが、そのことを少し残念に思うくらいにはちゃんと色濃く〈闇〉をもっている人間です(笑)。そんな〈闇〉の部分を垣間見ていただけるのが、演劇やドラマ、映画などで役を演じている時。観てくださった方が僕の芝居に対して「この芝居、本当なんじゃない…?」と感じた時は、きっと僕の中の〈闇〉が「お、顔出していいんですか?」と出てきている時だと思います(笑)。

トムを「モンスター」と表現されていたので、
風間さんの中でトムは〈闇〉に属する役柄なのかな、
と思ったのですが
彼の〈光〉はどこだと考えられていますか?

自分の〈闇〉に抗っているところがトムの〈光〉なんじゃないかと思います。トムって一見ものすごく理性的な人間に見えるのですが、それは自分の〈闇〉を理性で無理やり押さえつけているから。ものすごく理性的だからこそ、反発が起きた時の衝動が大きいのがトムという人間なんじゃないかな、と。でも僕は、彼の〈光〉は間違いだと思っていて。宿している〈闇〉に対して、適度な漬物石くらいの押さえつけであればいいと思うのですが、グッと押さえつけすぎてしまうと、ある瞬間にバネのようにひっくり返ってしまう。トムにとっては自分の〈闇〉に抗って、制御、抑圧しようとすることが、自分が目指す姿へ向かう〈光〉なのだと思うけれど、もし僕の近くにトムのような〈光〉を希望にしている人がいたら止めると思います。トムの〈光〉って実は世の中によくある姿で、僕自身も知っているものなんですよね。だからこそ危険性も分かってしまうんです。

風間俊介

自身が危うさを宿しながら、
違う危うさを宿す人物たちと対峙していくトムを
どのように演じようと想像されていますか?

生まれたての台本を読んだ時に、最初「これは翻訳だからなのか?」と思うほど登場人物たちの会話が成り立っていないことに気づきました。でも台本を読み進めていくうちに「あ、この“ディスコミュニケーション”は確信的だ」と、確信して。舞台上でディスコミュニケーションが繰り広げられるということは、役者はのたうち回ることになるということ(笑)。これは演技プランや役作りとは少し違いますが、ステージ上でディスコミュニケーションを完成させるためには、稽古場で信じられないくらいのコミュニケーションをとる必要があると思っています。きっと4人のチームワークが綻んだ瞬間に大変なことになってしまうので。カンパニー全体で「みんなでしっかりコミュニケーションをとる」という心づもりを共有して、本作に臨みたいと思います。

「のたうち回る」印象的なワードです。
トムを演じてゆくうえで、役者・風間俊介としては
何をもっていこうと考えられていますか?

現状、稽古に挑む前の僕が必要だと感じているのは〈客観性〉です。きっとトムという役に没入すればするほど、相手の話をちゃんと聞いてその話に対する言葉を生もうとしてしまう。でも4人の登場人物たちは、それぞれが自分の意見をぶつけたり、相手の話をしているようで自分の話をしたりしているので、演じる側としては「相手の話をちゃんと聞いてはいけない」と思います。ディスコミュニケーションの世界に入るけれど、あくまで「ディスコミュニケーションには気づいていないトム」を作りあげる。そのために必要なのは「相手はこの話をしている、自分はこの話をする」という状況を俯瞰で見たうえで、作品の世界にトムを配置する〈客観性〉なんじゃないかと思っています。

風間俊介

役者の皆さんが何層もの思考を重ねて
『モンスター』の世界を構築してゆく一方で、
観客は“演劇”として純粋に作品の世界を
楽しむことができるんですね。

そうなんです。僕が観客席に座りたかった理由っておそらくそれなんですよ(笑)。この記事をご覧になって会場へお越しになる方々は、成り立っていない会話を観て「これがそうか」と納得されると思うのですが、何も知らない状態で客席に座られた方々は最初とても気持ちが悪いと思うんです。でも物語が進んでいく途中で≪確信的なディスコミュニケーション≫に気づくはず。気づいた時に作家の妙も感じられると思うので、ディスコミュニケーション自体に面白さを感じていただけるんじゃないかな、と。でもやっぱり、舞台上で一貫したディスコミュニケーションを演じる側は、本当に大変そう…(笑)。

ディスコミュニケーションの会話を
身体に染み込ませるのも大変そうです(笑)。

そうですね。台本を大変面白く読ませていただいているにもかかわらず、現状覚えられる気がしていません(笑)。原因はセリフの物量の問題ではなく、会話が成り立っていないから。かれこれ24、5年ほどお芝居をやらせていただいていますが、台本を覚える時って大前提として“会話”を覚えていくものだと思っているんです。「今日はいい天気だね」「そうだね、夏も終わりだね」というように、前後の言葉が関連づいているから覚えられるといいますか。または、野球の話から食事の話に変わるなど、会話の内容がものすごくかけ離れていたらそれはそれで覚えやすいのですが、今回恐ろしいのは“会話”としては成り立っていないのに、一見成り立っているようにも見えるということ。きっと、覚える、演じる、といった段階になった時に、頭では成り立っていないことが分かっていても「成り立っているぞ」という錯覚を起こす気がしています。でもそのルートをたどってしまうと破滅が待っていると思うので、徹頭徹尾「成り立っていないんだよ」と言い聞かせながらセリフを覚えることになるだろうな、と。

風間俊介

Dear LANDOER読者
舞台『モンスター』
From 風間俊介

いつの時代もあることだけれど、特に現代は潜在的な鬱憤が溜まっている状態だと思っています。今を生きる方たちにこの作品を観ていただけることに強い意味を感じつつ、この作品に関わる人が言ってはいけないことを承知のうえで言うと、僕らが一番「届いてほしい」と思う方々は劇場にはいらっしゃらないと思うんです。きっとこの作品に興味をもって劇場に足を運んでくださる方々は、今、鬱憤が溜まっていることへの恐怖心にアンテナを張っている方々。でも一番危ういのは、その鬱憤に気づいていない方々のほうで。個人的には『モンスター』という作品をやります、潜在的な鬱憤ないし鬱屈を描きます、現代で作品をやる意味もあるけれど、一番作品を渡したい方々は観に来ないと思います、という構造に面白みを感じてしまっています。僕自身は台本を読んで「この芝居を観終わった後、自分だったらどう感じるかな」と想像した時に、「もう自分の中に〈闇〉があることは仕方がない。その〈闇〉がモンスターと化すのか、ペット的な存在でいてくれるのかは、自分の中の〈光〉の分量次第」だと思いました。先ほども言ったように、僕は自分の〈闇〉も好きなので「ちょっと〈光〉を出して調整しないと」と思った時に、きちんと調整できるだけの〈光〉のストックをもっておきたい人間。〈闇〉は勝手にストックされていくけれど、〈光〉は自分で意識的に取り込まないとストックができないからこそ、「小さな幸せを大事にしたい」と、台本を読んで思いました。お客様が『モンスター』を観終わった後にどう感じてくださるかは千差万別だと思いますが、もしかすると僕と同じ感想も出てくるかもしれないな、と思っています。

風間俊介

風間俊介

かざま しゅんすけ

6月17日生まれ。 東京都出身。
辿り着いた土壌で自分の〈花〉咲かせ、
新たな綿毛を風位に託して世界を舞い続けるDOER

舞台『モンスター』

舞台『モンスター』
東京:新国立劇場 小劇場
2024年12月18日(水)~28日(土)
大阪:松下IMPホール
2024年11月30日(土)・12月1日(日)
水戸:水戸芸術館ACM劇場
2024年12月7日(土)・8日(日)
福岡:福岡市立南市民センター 文化ホール
2024年12月14日(土)

作:ダンカン・マクミラン
翻訳:髙田曜子
演出・美術:杉原邦生
音楽:原口沙輔
出演:風間俊介 松岡広大 笠松はる 那須佐代子
チケットの詳細は公式HPにて

Staff Credit
カメラマン:興梠麻穂
ヘアメイク:清家いずみ
スタイリスト:手塚陽介
インタビュー・記事:満斗りょう
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