【Color.22】 音楽家 原摩利彦 「作品の根底にあるメッセージを音で語る 映画『わたしの知らない子どもたち』 音楽家の仕事」

音楽家 原摩利彦

音楽家

原摩利彦

京都大学教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科修士課程中退。ピアノを中心とした室内楽やフィールドレコーディング、電子音を用いた音響作品を制作する。2020年にアルバム『PASSION』をリリース。NODA・MAP『華氏マイナス320°』、ダミアン・ジャレ×名和晃平『VESSEL』等の舞台作品、李相日監督作の映画『国宝』(25)『流浪の月』(22)、NHKドラマ『手塚治虫の戦争』(26)、羽生結弦『Prequel : Before the WHITE』、NHK『日曜美術館』新テーマソング(坂本美雨と共作)など多岐にわたって音楽を手がけている。2021(令和3)年度京都府文化賞奨励賞受賞。2025(令和7)年度 京都市芸術新人賞。第49回日本アカデミー賞最優秀音楽賞・主題歌賞W受賞、第80回毎日映画コンクール音楽賞、Music Award Japan 最優秀サウンドトラック賞など受賞歴多数

Chapter 1

根底にあるメッセージを音で語る
音楽家の仕事

僕は音楽家として、現代アートや舞台、ドラマ、映画など様々な媒体の音楽を手がけています。作曲の仕事をするうえで大切にしているのは、ただ単に音を並べて曲を作るのではなく、音楽を通して作品の根底にあるメッセージを提示すること。たとえば映画音楽であれば、映像では語りきれない感情や背景を音で語ることが音楽家の仕事だと考えています。

原さん最新作
映画『わたしの知らない子どもたち』

本作の西川美和監督とは5,6年前から知り合いで、CMでご一緒したりと交流があったのですが、映画音楽に声をかけていただいたのは今回が初めて。脚本ができる前から本作の構想をお伺いしており、そこから映画のメインテーマの制作を始めました。

音楽家 原摩利彦

劇中曲、出演、劇伴
長い時間と想いが
積み重なった音楽づくり

本作は戦争を描く映画でありながら、音楽も重要な要素となる作品です。そのため、通常の映画音楽のように映像をいただいてから劇伴をつくるのではなく、早い段階から劇中に登場する楽曲の制作が始まりました。主人公・琴子が演奏するアコーディオンの楽曲や離島にある孤児たちの隔離施設「水上寮」の歌をはじめ、小道具として琴子のお父さんが部屋で作曲している楽譜も作成しています。実はここでお父さんが書いている曲はメインテーマの中間部にも使われているので、実際に聴くこともできるんです。

さらに、今回は僕自身も琴子と連弾をするシーンに出演しているので、その撮影に向けて琴子役の小八重葵美ちゃんと半年以上かけて練習やリハーサルを重ねました。その後、映画の撮影を終えてから、ようやく数十曲に及ぶ劇伴の制作が始まっています。映画の世界にどっぷり浸かり、作品のことを考える時間がたくさんあったことで、世界観をより劇伴に落とし込むことができました。

琴子役・小八重葵美さんに伝えた
音楽の自由さ

小八重ちゃんはピアノ経験がほとんどなかったので、ピアノの練習は二人で即興の連弾をするところから始めました。まずは自由に音楽を奏でることで「間違った音を弾いちゃいけない」という緊張感をなくし、どんな音の組み合わせでも音楽になることを体感してほしかったんです。そこから少しずつピアノの練習をしていただき、1ヶ月に一回ほど一緒に合わせて練習もしました。本編も素敵なシーンになっていたら嬉しいです。

©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

震災をきっかけに生まれた
「東北ユースオーケストラ」の
皆さんの
若い力が加わったメインテーマ

本作のメインテーマ『太陽と子どもたち』には、東北ユースオーケストラの皆さんに演奏にご参加いただいています。
東北ユースオーケストラは、東日本大震災によって楽器や演奏する機会を奪われた子どもたちのために、音楽家・坂本龍一さんの呼びかけによって設立された楽団です。本作も、戦争によって音楽を奪われた琴子が、厳しい状況のなかで希望をもちながら強く生きていく物語。きっと音楽に対する想いに共鳴する部分があると思ったこと、そしてこの映画には「若者たちが前へ進んでいく力」が絶対に必要だという確信が、今回の演奏の実現につながりました。“上手な演奏”ということ以上に、若者たちがもつ、枠からはみ出していくような前向きなエネルギーの加わった演奏になったように思います。

子どもたちにも届けたい音楽、
だからこそ

本作はぜひ子どもたちにも観ていただきたい映画ですが、音楽作りに関してあえて「子ども向け」を目指すことはしていません。大人たちはつい子どもたちの感性を見くびって、わかりやすくしたり、簡単にしたりしてしまいがちですが、それは少し違うと思っていて。子どもたちに届けたい映画や音楽だからこそ、あえてわかりやすくすることなく、「この映画にとって一番良い音楽を」という思いで作りました。

たとえば、実は琴子たちが車を飛び出すシーンの劇伴は、当初より明るく希望を感じさせるような音楽を当てていました。しかし、そこで唐突に曲調が明るくなると、あまりにも音楽で説明しすぎてしまっているように感じて。そこで少しトーンを落として、徐々に兆しを感じられるような音楽にしています。

僕自身のコンサートでも「昼の部」として、普段なかなかコンサートに来ることのできない小さなお子さんや、どうしても声が出てしまう特性のある方など、0歳からどんな方でも聴きに来ていただける公演を設けているのですが、その公演でも「子ども向け」のプログラムを作ることはなく、いつも自分が演奏している音楽をそのままお届けしているんです。

原さんが思う、
映画『わたしの知らない子どもたち』
の魅力

やはり主人公・琴子の瞳が強烈だと思います。“強烈”というのも、「何かを語ってやるぞ」という強さではなく、これから何が起こるのかもわからないなかでの空虚さや、そこに徐々に重なっていく悲しみや希望、観客の感情を映す鏡のような彼女の瞳が、本作の一番の魅力だと感じました。

音楽の面では、前向きなだけではなく、現実の厳しさや苦しさ、そして戦禍の暗い余韻も織り交ぜた音楽を書いています。ただ、まずは映画全体を楽しんでいただきたいですね。

音楽家 原摩利彦
Chapter 2

原さんのとある1日の流れ

朝6時半から7時ごろに起床し、まず朝ごはんや朝の支度をします。8時40分に子どもを幼稚園へ送っていき、帰宅するのが9時20分ごろ。そこから10時ごろまでは、コーヒーを飲んだり、“なんちゃってピラティス”をしたりして過ごします(笑)。

そして、10時ごろから12時ごろまでが仕事の時間です。14時半ごろに、子どもが帰ってきてから16時半にお風呂に入るまでは、あまり仕事に集中ができません。しょっちゅう仕事部屋に入ってくるので(笑)。

17時半ごろに夕食をとり、19時ごろに寝かしつけを終えると、また自分に集中できる時間が戻ってきます。そこからは仕事をしたり、考え事をしたり、映画を見たり、勉強をしたり。食べすぎたときは、歩きます(目標8000歩!)。

音楽作りに大切な、
考えあぐねる時間

こうして話してみると、午前中の数時間と夜の20時以降くらいしかまとまって仕事に集中している時間がないですね。ただ、机に向かっている時間だけでなく、「どうしよう、どうしよう」と考えあぐねている時間も仕事の一つだと考えると、その時間が一番長いかもしれません。一度決心したらすぐに作業に取り掛かることができるものの、それまでウジウジと悩んでいる時間が一番しんどいんです(笑)。

なかでも、プロジェクトのメインとなる音楽ができるまでがとくに悩ましく、大変です。形にするだけであればどんな音楽でも作れますが、「プロジェクトに最もふさわしい音楽」はなかなかすぐには見つかりません。「これでいいんだ!」と確信できるまでに数日悩むこともあります。

メインとなる音楽を作曲するときは、いろいろな方法を試しています。たとえば、僕はスイーツが大好きなのですが、一週間ほど砂糖を抜いてみたり…(笑)。毎日ではないですけれど、そうやって瞬間的にストイックな時間をつくることが多いです。

作曲は、楽曲ができあがるまでに何分かかるのか自分でも分からないところが面白さの一つ。5分の音楽を聴くのに5分かかるのは当然ですが、5分の音楽ができるまでにかかる時間が何日も何ヶ月もかかったりすることもあれば1分だったりすることもあるんですよ。音楽作りをしていると時空を超える瞬間があるのが不思議なところですね(笑)

音楽家 原摩利彦

「作品にふさわしい音楽」を
生み出せるのはどんなとき?

自分が書いている音楽に対して、「人からどう思われるかな」「どう評価されるかな」といった感情がなくなったとき。それに加えて、監督と同時に自分でも「これだな」と思えたときに、プロジェクトにふさわしい音楽を作れている気がします。「これを作ったら、みんなが『いいな』と言ってくれるだろう」といったエゴが少しでもあると、やはり作品にふさわしい音楽は書けないんですよね。

本作の楽曲作りでは、自分の部屋で作業をしていて、西川監督には後ろで2〜3時間待っていただいていました。最初のうちは監督が後ろにいることを意識しながら、「『この方向に進んでいくのか』と思われているんだろうな」と考えてしまう。でも、作業に没頭していくうちに、だんだんと周りの目が気にならなくなっていくんです。

実際に西川監督も、「最初はちょっと違う方向だと思って『それは違う方向です』と言おうかと思っていたけれど、グッと我慢していたら、自然と軌道修正されていった」とおっしゃっていました。そうやって周りの目が気にならなくなり、〈無〉になる瞬間があれば、そのプロジェクトにふさわしい音楽が書けているんじゃないかな、と思います。

Chapter 3

原さんが音楽家を志したきっかけ

13歳の頃、坂本龍一さんのコンサートに連れて行ってもらったときに衝撃を受け、「あんな人になりたい」と思ったことが作曲家を志したきっかけです。東北ユースオーケストラとの関わりも坂本さんの取り組みを継いで行きたいという想いがあってこそのもの。坂本さんは僕にとって非常に大きな存在です。

坂本さんに憧れて「どうやったら作曲家になれるのだろう」と思い、まずは作曲のレッスンに通い始めたところ、音楽大学に行けば作曲家になれると知りました。でも当時「13歳から音大を目指し始めるなんて遅い」と言われてしまったんです。大人になったいま思えば、絶対に遅くはないんですけれどね(笑)。そのときは、坂本さんと同じ東京藝術大学などの難関大学を目指すのは厳しいと思われていました。

それでも「何くそ」と思い音大進学を目指して挑戦を続けたものの、やはり少しずつ自分の限界が見えてきてしまって。「自分には音大進学は向いていないのかもしれない」と思い、方針を変えて独学で音楽家になることを目指しました。一度は挫折しましたが、これは“諦めていない挫折”だったかもしれません。アプローチの方向を変えて音楽家への道を探し続けた結果、今があるのだと思います。

音楽家 原摩利彦

“挫折”を諦めないために
必要なのは、
距離を取ること

もしも挫折してしまいそうになったら、「少し距離をとる」ことも選択肢の一つです。

僕自身、学生の頃は音楽大学への進学を目指していたものの、結果的に京都大学へ進学しましたし、そもそも高校は半定時制の学校で、朝は仕事をして昼から勉強をする、大学受験することは難しいような環境でした。

もともと進学校に通っていた小中学生の頃は、身近な人と自分を比べてしまって「あいつが出来ないんだから自分も出来ないはずだ」と周りを基準に考えてしまっていました。でも、進学校を辞めて、偏差値を測らない学校──みんなが勉強している時間にたけのこ堀りをするような環境に身を置くと、人と比べる必要がなくなった。その環境に移ったことは、自分にとってとてもよかったと思っています。

現代はSNSなどを見て、「私より良いものを持っているな」「良いところにいるな」と、すぐに人と比べてしまいますよね。きっと、本来なら距離のある人のことまで見えてしまう環境だからこそ、人と比べて苦しくなってしまうんだと思います。でも本当は、誰かと比べる必要なんて全くない。憧れや人から距離をとって「自分は自分だから」と思える環境、自分の中に余白をもてる場所をつくることが大切なのだと思います。哲学者の三木清が『人生論ノート』のなかで「嫉妬は自分よりも上のものを自分の位置に低めようとする感情だ」と説いていますが、本当にその通りだと思っていて。人と比べたり、嫉妬したりしても、自分が前に進めるわけではないんですよね。

音楽を始めた頃、つい人と比べてしまいそうになることもありましたが、僕は京都にいて東京とは距離があったため、「自分には自分の流れがあるな」と思い直し、粘ることができました。きっと人とのあいだにも、自分の気持ちとのあいだにも、少しの距離が必要なんだと思います。挫折しそうなときこそ、情報から離れてみたり物理的に場所を変えてみたりと、一旦距離を置いて違うことをしてみるのも大切かもしれません。

原さんから
働くことに向き合う読者へ

「人脈は作らなくていいから、出逢いを大切に」と伝えたいです。仕事に繋げるために「人脈を作ろう」と意気込んでいる方の多くは、自分のエゴが前に出てしまって、次第に自分のために周りを踏みつけるような感覚になってしまいがちです。でも、本当の「出逢い」というのはそういうものではなく、思わぬ出逢いが思わぬ出逢いを次々と呼んでいくようなものだと思うので、ぜひそういった「出逢い」を大切にしてほしい。きっとその出逢いは、人とのだけでなく、本や映画でもあると思います。

そして、あらゆるものとの出逢いをしぶとく待っていれば、もし一度挫折したとしても、いつか新しい道が開けると思うんです。とはいえ、ただボーッと待つのではなく、「星のように光りながら待つこと」。自分の場合は音楽を作り続け、デモテープを送ったりライブをしたりしながら「待ち」続けました。自分自身と向き合って、光るもの──自分のやるべきことややりたいことを見つけながら、諦めずに挑戦を続けてほしいです。

音楽家 原摩利彦

原さんのとある1日

06:30

起床・朝ごはん、朝の支度

08:40

子どもを幼稚園へ送る

09:20

帰宅 コーヒー・ピラティス など

10:00

作業開始

14:30

子どもが帰ってくる

16:30

子どもとお風呂

17:30

夕食

19:00

寝かしつけ

20:00

仕事・考え事・映画・勉強など、自分の時間

映画『わたしの知らない子どもたち』
2026年10月16日(金)より公開
出演:小八重葵美 二階堂ふみ
   坂東龍汰 櫻井海音
   北村有起哉 吉田羊 竹野内豊
   岡田准一 / 田中裕子 役所広司
原案・脚本・監督:西川美和
音楽:原摩利彦 VFX:白組

映画『わたしの知らない子どもたち』
©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

『わたしの知らない子どもたち』オリジナル・サウンドトラック
2026年10月14日(水)発売
CD:3,300円(税込) 3,000円(税別) RZCM-67685
配信:ダウンロード(通常/ハイレゾ)、サブスクリプション

Staff Credit
インタビュー:Suzu
記事:Suzu、満斗りょう
ページ運用:Mo.et