映画『魔女の香水』
表現の香を纏う3人の女性のSP鼎談
誰かに話すほどでもないけれど、今日、頑張った自分がいる。ドラマになるような話じゃないけれど、今日、涙をこらえた自分がいる。現代(いま)を生きる私たちは、毎日世界の一角で必死に“自分”を続けている――「あれ、私がなりたかった自分って、こんなふうだっけ?」と、芽生えた疑問にそっとふたをしながら。ふと現れた「魔女さん」に導かれ、スクリーンいっぱいに満ちる〈香り〉のパワーに触れたのなら、きっと「なりたかった自分」に一歩近づけるはず。これは、そんな魔法の映画のお話。
監督/脚本・宮武由衣
早稲田大学教育学部理学科数学専修卒業後、早稲田大学大学院国際情報通信研究科安藤研究室で映画を学ぶ。株式会社 TBSスパークル所属(バイススペシャリスト/チーフディレクター)。映画やドラマの現場で演出やプロデューサーとして活躍。 監督・脚本を手掛けた劇場映画に、『JAZZ爺MEN』(2011) 東京国際女性映画祭出品、韓国提川国際音楽映画祭出品、『たった一度の歌』(2018)高崎映画祭出品などがある。
映画『魔女の香水』
-Introduction-
白髪の美しく高貴な上品さを漂わせる女性・白石弥生(黒木瞳)が香水店で2つの香水を見せながら常連客を相手に語っている「世の中には似て非なるものがたくさんある」。一方、華やかなセレブ達が集まっているバンケットホールで派遣社員として奮闘する若林恵麻(桜井日奈子)。高卒の恵麻は、いつか正社員になって、一流の仕事を与えられることを目標に頑張っていたが、後輩の見習い女性への上司のセクハラ行為を抗議したことで職を失ってしまう。自暴自棄になった恵麻は、夜の街のスカウトマンに連れられ「魔女さん」と呼ばれる弥生の店を訪れ、その店を手伝うことになった。ある日、金木犀の香り漂う男性・横山蓮(平岡祐太)と巡りあう。弥生に授けられた言葉と香りによって自分の人生を切り開くのは自分自身だと気づかされ、天職を探し求めるように香料会社で働き始める恵麻すっかり香りの世界に魅了されていく恵麻は、営業先で蓮と再会することに―。魔女の香水『Parfum de prières(パッファンドプリエール)』の力に後押しされるように懸命に未来を切り開いていく恵麻の運命は、果たしてどんな風に変わっていくのだろうか?!
- 白石弥生 as 黒木瞳-
「魔女さん」と呼ばれる香水店のオーナー
- 若林恵麻 as 桜井日奈子-
華やかなセレブ達が集まるバンケットホールで
派遣社員として奮闘している女性
映画『魔女の香水』が生まれたところ
宮武由衣監督(以下、宮武監督):今回『魔女の香水』を制作するにあたって、軸となったのは“女性が憧れる存在”でした。憧れの存在と、その女性に憧れる女の子、世代を超えた2人の友情を描きたいと思ったんです。〈香り〉という2人を繋ぐアイテムによって、血を超えた縁のような、愛のような、そんな関係の存在が確信できる瞬間をクライマックスにもってきたいな、と。そのイメージが根幹にあり、この作品が生まれました。
LANDOER:“憧れの存在”として描かれている「魔女さん」は、どのようにして生まれたのでしょうか?
宮武監督:実は「魔女さん」には、モチーフとなった香水屋さんがいらっしゃって。その方からインスピレーションを受けて「魔女さん」が生まれました。
LANDOER:とても魅力的な「魔女さん」に、まさかモチーフの方がいらしたとは!『魔女の香水』では、「魔女さん」が救ってゆく、様々な女性の生き方も大きな軸になっていますよね。
宮武監督:そうですね。企画の段階から「現実の女性の生き方をストーリーに取り入れよう」というコンセプトがあったので、香水屋を取り巻くさまざまな女性の姿を描くため、何人かの女性の人生を取材させてもらったんです。加えて、よりリアルな〈香り〉を作品に織り込むため、香り業界の方にも取材をさせていただきながら『魔女の香水』の世界を作っていきました。
映画『魔女の香水』が
「魔女さん」と恵麻のもとへ
黒木瞳(以下、黒木):今回、「女性を応援するような映画を作りたい」といったお話を先にいただいたうえで、宮武監督がオリジナルでお書きになる、とのことだったので、とても楽しみに脚本の完成を待っておりました。その後、脚本を読ませていただいて“香水”をアイテムとして、さまざまな女性の背中を押す物語になったと知ったときは「すごく斬新だな」と感じたのを覚えています。日本の映画で“香水”をテーマにした作品はそうないので、宮武監督ならではだな、と。
桜井日奈子(以下、桜井):私はいままで、漫画原作の学生の役を演じることが多かったので、『魔女の香水』のような大人の作品に参加できること、しかも、黒木さんと共演できることがとても嬉しかったのを覚えています。実はドラマデビューした作品で黒木さんと共演させていただいていたのですが、当時は一緒にガッツリとお芝居をさせていただく役どころではなくて。そこから月日を経て、“「魔女さん」と恵麻”という世代を超えた友情のお相手として、黒木さんとお芝居をさせていただけたことが本当に嬉しかったです。
黒木:私も嬉しかったです。
宮武監督が描いた「魔女さん」と
黒木さんが演じた「魔女さん」のシンフォニー
LANDOER:オリジナル脚本の制作にあたって、宮武監督のなかに多かれ少なかれ「魔女さん」のイメージ像が生まれていたと思うのですが、実際に黒木さん演じる「魔女さん」を現場で拝見されていかがでしたか?
宮武監督:もう、本当に私の想像をはるかに超える演技をしていただきました。私の思い描いていた「魔女さん」は、「こんな人がいたらいいな」という“女性の憧れ”を具現化したようなキャラクターで、モチーフの方を軸にアレンジを加えて作りあげたんです。そうして生まれた「魔女さん」をリアルに築いていく作業は、きっとすごく難しかったと思うのですが、黒木さんは本当に真摯に向き合ってくださって。一瞬で「魔女さん」の本質を見抜きながら「どうすれば「魔女さん」として自然にそこに存在できるか」ということを考えてくださり、とても素敵な“女性の憧れ”を生み出してくださいました。
LANDOER:「魔女さん」は、宮武監督の描かれたイメージと、黒木さんが対峙されたひとりの女性の本質が混ざり合ってできた方だったんですね。
宮武監督:黒木さんは脚本に書いてあること以上の部分を深く感じとって「この方(魔女さん)はとても弱い存在で、“香水”によって救われた方」と見抜かれ、「お店のなかで多くの女性を惹きつけ魅了しているミステリアスさの裏には、隠した弱さがある」ということを意識して演じてくださいました。「魔女さん」がファンタジーではなくリアルな女性として作中にいられるよう、彼女のすべてを表現してくださったと思っています。
LANDOER:撮影現場でも、そういった等身大の「魔女さん」についてのお話をされながら撮影を?
宮武監督:そうですね。黒木さんは、私の細やかな指示をすべて汲み取ってくださりつつ、「魔女さん」の芯にある思いを含んだお芝居をしてくださって。セリフに関しても「いかにリアルな言葉として届けるか」を考えて「魔女さん」の言葉をご提案いただいていました。
黒木:監督の理想が本当に高かったのですが(笑)、その理想に追いつくことが私たちの仕事ですから。そういった意味で、監督ご自身のワールドが確立されていたことがとても助けになりました。ミーティングを重ね、コミュニケーションをしっかりととらせていただいて、少しずつ監督の想像されている「魔女さん」を作りこんでいく。白いウィッグや服装などのビジョンもしっかりとされていたので、ひとつずつ身に着けていったら自然と監督の理想に近づいていた、といった感覚です。
宮武監督:その理想をはるかに超えていただきました。
黒木:恐縮です。
宮武監督の実体験から紡がれた
等身大の女性「恵麻」
宮武監督:恵麻に関しては、私自身も体験したことのある現代社会を生きる女性が感じるもの・経験の多くを投影したキャラクターで、幅広い表現を求められる役どころだったのですが、全身全霊でぶつかってくださった桜井さんのおかげで、毎回ハッとさせられる表現がたくさん生まれていました。
桜井:私は会社に勤めたことがなかったので、派遣会社で働いているという設定をうかがってから、母や友人に話を聞いて恵麻をイメージしていきました。香水に関しても、詳しいことを何も知らなかったので、実際に調香シーンの監修に入っていただいている『パルファンサトリ』さんに“香水”のことをいろいろと教えていただいたり、自分でも勉強したりしながら作品の世界に入っていくようにしていました。
LANDOER:初めて触れた〈香り〉の世界はいかがでしたか?
桜井:知れば知るほど惹きこまれていきましたね。服を選ぶように、メイクを変えるように、なりたい自分に近づくためのアイテムとして“香水”を使うことは、人生を豊かにする楽しみのひとつになりえるだろうな、と。
3人の女性と〈香り〉の話
LANDOER:お三方が〈香り〉の力を借りるのは、どういったときですか?
黒木:皆さん、在宅のお時間が増えて、アロマなどのリラクゼーションの〈香り〉が普及していますよね。私も深夜の撮影などでペパーミントとオレンジを調合して〈香り〉の力を借りています。やる気が出たり、肩こりに効いたりするんです。
桜井:へぇ~!知らなかったです。
黒木:〈香り〉って医療でも用いられているくらいですから、やはり力があるんですよね。ただ、アロマやハーブに関しては自分の身体の不調などに対して効能を求めるもので、今回『魔女の香水』に参加して“香水”とはまったく違う〈香り〉のパワーなのだと感じました。“香水”というのは、精神的な助けになってくれるものなんだな、と。そこに〈香り〉というものの神秘性を感じましたね。
桜井:〈香り〉の力で思い出すのは、自宅で使っている金木製の香りのディフューザーです。家に帰って、その香りに包まれると「今日も一日頑張った!」と、スイッチをオフにすることができるんです。金木犀でいうと、作中で平岡(平岡祐太)さんが演じていた横山さんが金木犀の香りを纏っているのですが、私も平岡さんとのシーンのときは金木犀の香りを身に纏って撮影に臨んでいました。横山さんと一緒に過ごした後には、きっと恵麻にも金木犀の香りがついているだろうな、と思って。
宮武監督:それは知らなかったです!撮影現場で「〈香り〉を感じてもらおう」と、香りを用意することに一生懸命だったのですが、まさかご自身で纏ってくださっていたとは…嬉しいです。
LANDOER:素敵な撮影秘話が発覚ですね(笑)。では、最後に宮武監督の感じる〈香り〉の力を教えてください。
宮武監督:〈香り〉の力ってあまり注目されないのですが、実はものすごく奥深いものだと思うんです。視覚よりも聴覚よりも、ダイレクトな感覚があるといいますか。例えば季節が変わったとき、夏の香りがしたら学校のプールを思い出したり、秋の香りがしたら運動会などの子供時代を思い出したり、一瞬にして時空を超える力が〈香り〉にはあると思っていて。今回の映画では、時空を超える神秘的なクライマックスを描きたいと思っていたので、そういった〈香り〉の力で表現することにしました。「女性を応援する映画」という意味でも、繊細に〈香り〉を感じ取る女性の感覚の鋭さが、“香水”とぴったりはまると思ったんです。是非、「魔女さん」が生み出す〈香り〉を感じながら観ていただければと思います。
桜井日奈子
さくらい ひなこ
4月2日生まれ。
優しい日だまりのような包容力を醸しながら、
凛と通った〈芯〉を感じるハンサムさが香るDOER
映画『魔女の香水』
2023年6月16日(金)よりTOHOシネマズ日比谷 他 全国ロードショー
出演:黒木瞳 桜井日奈子
平岡祐太 水沢エレナ 小出恵介
落合モトキ 川崎鷹也 梅宮万紗子 /
宮尾俊太郎 小西真奈美
Staff Credit
カメラマン:田中丸善治
スタイリスト:大迫靖秀(黒木さん)
入江未悠(LINX)(桜井さん)
ヘアメイク:在間亜希子(MARVEE)(黒木さん)
白水真佑子(桜井さん)
インタビュー・記事:満斗りょう
ページデザイン:古里さおり