命のバトンを受け取り、生まれてきたあなたへ

映画『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』

命のバトンを受け取り、
生まれてきたあなたへ

映画『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』
©遠藤和/小学館 
©2026「ママがもうこの世界にいなくても」製作委員会

-Introduction-

限りある命で紡いだ「愛の実話」映画化。2018 年、青森。当時21歳の遠藤和(えんどう・のどか)さんに宣告されたのは「ステージIVの大腸がん」。夫・将一(しょういち)さんと共に、過酷な運命に抗い力強く生き抜いた。その軌跡は、テレビ番組「1億人の大質問!?笑ってコラえて!」でも取り上げられ、放映から6年が経った今も、決して消えることのない感動を刻み続けている。和さんが生と死を見つめ、亡くなる10日前まで愛を込めて書き続けた日記は、後に「ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記」(小学館刊)として書籍化され、多くの人々の心を震わせた。そして今秋、映画化。主演・川口春奈が全身全霊を尽くし、強く、幸せに生き抜いた和さんを演じる。

-Story-

青森で暮らす遠藤和(川口春奈)と将一(高杉真宙)。時にぶつかり、時に笑い合う日常の中で、和の心には「一分一秒、一緒にいたい」「この人と生きていきたい」という愛おしい未来への願いがふくらんでいた。そんな矢先、和を襲ったステージⅣのがん。残された時間は限られていた。それでも将一は「一生大切にする」と彼女の手を強く握り続ける。愛する人と過ごす日々が増えるほど、二人で叶えたい未来があった。結婚したい。家族になりたい。そして、私たちの子どもに会いたい――。治療を止めるという命がけの選択の先に、出会えた新しい命。余命は数週間。それでも和は「今が一番、幸せ」だった。

伊藤さとり’s voice
伊藤さとり’s voice

実話を元に丁寧に愛を綴った作品だった。
泣かせようとしない演出を意識したかのように主人公でガン患者の和の前向きさを全面に押し出したことで、「命のバトン」を楽しみにする主人公の笑顔が強く印象に残った。とにかく現時点での川口春奈の代表作になると確信したのは、か細い身体で生命力をたぎらせようと懸命に前を向く姿に目が離せず、その笑顔に勇気さえ貰えたからだ。小さな命を楽しみに生きる表情ひとつがとても美しかった。

また本作は、人生を謳歌した人が残した感謝の言葉のような映画でもあった。 その一つが“人との絆”だ。何故ならガン患者仲間のひかりとの出会いにより、和が髪の色を変えて人生を色付けしようとするショットには自由を手にしたようにも感じたからだ。そんなひかりを演じた森田望智はこの映画に間違いなくスパイスを効かせている。感情を露わにしつつ、決して攻撃的ではないアプローチで病からの解放を求める演技は圧巻だった。更に夫婦に襲った悲劇というより、主人公の家族ひとりひとりの想いも丁寧にスクリーンに映し出すことで、子どもは“夫婦で育てる”ではなく、“周囲の大人たちで育てる”のだということに気づかせてくれた。興味深かったのは、姉妹が語らう間で次女の恋人が和の赤ちゃんを水遊びさせているショットだ。こんな何気ないところにもそのメッセージを込めた監督の山戸結希はよく人を見ていると確信した。

更に気になったのは、高杉真宙演じる夫・将一が、終始、抱っこ紐を着けていたり、赤ちゃんと添い寝をするショットを自然と取り入れて妻を優しく見つめる視線だ。これにより昔かたぎの“妻の役割は子育て”という概念よりも、子育てを手伝う夫の方が俄然かっこいいという発見にもなった。なにより忘れられないのは小林聡美演じる和の母親が、子どもを持つことに悩む和に向かって静かに語るシーンだ。実はそれが本作の転機となっている。そこには子どもを持つことへの喜びと娘への無性の愛を感じるセリフが登場するのだが、それを小林聡美が穏やかに淡々と語ることでより胸に沁み渡っていった。きっとこれこそが原作者でモデルとなる遠藤和さんが娘に伝えたかったことではないか。余命もので泣かせようとする映画は苦手だが、本作はそうではなく、ただただ人生の素晴らしさと人を愛することの喜びを伝える愛の塊のような映画だった。

映画『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』
10月2日(金)全国公開

出演:川口春奈 高杉真宙
   松本穂香 中島瑠菜
   デビット伊東/小林聡美
原作:遠藤和「ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記」
   (小学館刊)
監督:山戸結希
配給:東映

映画『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』
©遠藤和/小学館 
©2026「ママがもうこの世界にいなくても」製作委員会