映画『消せない記憶』
〝特別〟よりも〝何気ない〟
記憶を結ぶ、2人の物語
ある花を見て思い出す“手”があったり、ある歌を聴いて思い出す“横顔”があったり、ある香りを感じて思い出す“声”があったり、私たちが持つ[記憶]は、実は断片的で瞬間的なものだったりする。けれど、その断片があの頃のまま力強く輝くから、自分の中で“あの人”がまだ生きているのだと気づくことができる。“あの人”を消すことができないのだと思い知ることができる。そうやって[記憶]に揺さぶられながら、現在(いま)の[記憶]を残して生きる私たち。何気ない今日だって、誰かの大切な[記憶]で、私のたったひとつの大切な足跡――
映画『消せない記憶』
-Story-
あなたには大切にとっておきたい思い出はありますか?
<現実>と<幻想>の狭間に生まれたSFラブストーリー
舞台俳優・西潤一はミュージシャンの神崎優衣と路上パフォーマンスを通じて出会う。お互いの過去や秘密を語り惹かれ合うふたり。順調な表現活動も束の間、しばらくして西は自らの記憶力が低下していることに気が付く。そしてあるすれ違いをきっかけに、西は優衣の前から姿を消す。優衣は彼の行方を求め続けていくなかで、西のことを知るという“記憶代理人”が現れる。
-西潤一(にし・じゅんいち)-
路上パフォーマンスを行いながら、舞台俳優として夢を追う青年。
脚本『消せない記憶』×兵頭功海
今回の作品は、主人公が記憶をなくしていく中で[記憶代理人]という“記憶を預かってくれる人”と出会い、自分の大切な思い出、記憶を預かってもらう話。脚本を読んで最初に感じたのは、「認知症というテーマを描きつつもSF要素が入っているな」ということでした。オーディションの段階から脚本をいただいていたので、出演が決まる前から若年性認知症という病気とSF要素のあるラブストーリーの共存を知っていて。「この作品が決まったら、自分の大きな糧になる作品だな」と思ったことを覚えています。
オーディションを経て、
主演・西潤一が決まった時の思いを教えてください。
嬉しいのはもちろん、もともと「映画の仕事をしたい」と思って役者の世界に足を踏み入れたので、自分の主演映画に挑戦できるというのはとてもありがたかったです。ただ正直言うと、当時の僕は「自分がこの作品を演じきることができるのだろうか」や「涙する、と書かれたシーンで涙を流すことができるだろうか」など、先の見えない不安に襲われていました。喜びよりも、不安の感情の方が大きかったんじゃないかな、と思います。
そんな不安を感じないほど、
『西潤一』を繊細に丁寧に
演じられていると思いました。
本当ですか、嬉しいです(笑)。潤一は作品のなかで記憶をなくしていく役柄だったのですが、記憶があるうちとなくした後で「こんな変化を持たせよう」といったプランは特に考えず、その瞬間ごとの『西潤一』を表現するようにしていました。僕の中で大きく気持ちを変えたとすれば、優衣に会わなかった2年の間。「この2年、潤一はどんな風に過ごしてきたのだろう」と、彼の空白の時間を丁寧に想像することを大切にしていました。
潤一が記憶をなくしていくフェーズは、
何を覚えていて、何を覚えていないのか、の認識が
大変そうだな、と感じたのですが…
僕、毎回現場で書いているノートがあるのですが、『消せない記憶』の撮影中は、そのノートに潤一の病気の進行度を確認するため「ここは30%の記憶がなくなっている」や「この時点での病気の進行度はこのくらい」といった自分なりの認識を書いていたんです。カットとしては描かれていない、ふとした記憶の想起などに関しては、監督と認識をすり合わせながら撮影に臨んでいました。
「今、このくらい記憶をなくしている」というのは
目で見て認識できるものじゃないですもんね。
他に、潤一を演じるうえで
意識されていたことはありますか?
作品に入る前に、監督と一緒に認知症の方々がいらっしゃる施設に伺わせていただきました。皆さんがどんな風に生活を送られているのか、周りの方はどのようなサポートをしているのか、いろいろなことを学ばせていただいて。僕が感じた印象として一番残っているのは、皆さんがすごく“ハッピー”だということ。常に前を向いて、今この瞬間を楽しみながら生きている方ばかりなんです。そこにいるだけで、僕らまで幸せな気持ちになれるほど明るい空間だったので、潤一に関しても「悲しい」だけで病気を抱えないよう意識していました。
実際に施設の方とお話はされましたか?
はい。施設の担当者さんとお話させていただいた時に、「認知症をあまり悲しい病気だと思って欲しくない」と言われたんです。医学的な治療だけでなく、周りの方々の認知症の方への接し方も含めて、「治すことはできない病気だけれど、病気と共に生きていくためにできることはたくさんあるんです」と伺って。潤一が認知症に向き合っていくうえでの苦悩や葛藤はきちんと表現しつつも、優衣と会っていない2年間に関しては、「大半がハッピーだったんじゃないかな」と考えていました。もちろん、ふと思い出して悲しくなることはあったと思うけれど、「施設の中でずっと悲しかったのか」というと、そんなこともなかったと思うんです。
潤一と向き合った兵頭さんだからこそ分かる
『西潤一』を教えてください。
ひとことで言うと“掴みどころのない人”。ものすごく人当たりよく優しい時もあれば、優衣と初対面でバチバチしてしまうような面もあるし、冷たそうに見えて意外とラフだったり、監督に反発するほどの情熱を持っていたり…と、「彼はこんな人です!」と言いづらい人だと思います。そのなかで一つ意識していたことと言えば、“周りにエネルギーを与えられる人”であること。脚本を読んだ時、潤一に対して「自由で“太陽”のような人だな」と思ったんです。自由で自分の感情に素直だからこそ、掴みどころがないんだな、と。
優衣とのラブシーンは、
潤一の自由さと明るさが最大限に光っていました。
あのシーンの撮影、めちゃくちゃ楽しかったです(笑)。優衣とのデートのシーンは、すべて映画のパロディなんですよ。裏設定として優衣と潤一のカップルは2人とも映画好きなので、家で映画デートをよくしているんです。で、その映画に出てきたシーンを2人で真似している、という(笑)。監督が好きな映画のラブシーンがたくさん盛り込まれているので、「あ、これってあの映画のあのシーンだ!」といった楽しみ方もおすすめです(笑)。
そんな楽しみ方が隠れていたんですね!
今作のコピー「何気ない時間が
奇跡だって気づいた」にちなんで、
兵頭さんの大切な何気ない時間を教えてください。
パッと思いついたのは、大切な友達と一緒にいる時ですかね。どこかに遊びに行くわけではなく、お酒を呑みながら普通に話しているだけの時間が大切だな、と。あと、よく友達とオンラインゲームをしながら今日あったことを話すのですが、その時間も大切。ゲームをするため、というより、話すためにゲームをしているんだと思います(笑)。作品を通して改めて、大切な時間は日々の中にたくさんあるのだと実感できました。
Dear LANDOER読者
From 兵頭功海
映画『消せない記憶』
きっと誰にでも“消せない記憶”ってあると思うんです。それはポジティブな記憶かもしれないし、悲しい記憶かもしれない。でも、そのすべてが僕はまるっと大切なんだと思っていて。映画を観てくださる方それぞれ、感じることは違うと思うけれど、この作品を観て「何気ない日常を大切にしたい」と思ってもらえたら、そしてその大切さに気づいてもらえたら嬉しいです
兵頭功海(24)
ひょうどう かつみ
1998年4月15日生まれ。
広い海をニュートラルに泳ぎながら、
バランスに優れた〈情熱〉と〈余白〉で、
学びを吸収し続けるDOER
映画『消せない記憶』
2023年3月31日(金)
シモキタ-エキマエ-シネマ『K2』 他、全国順次公開
出演:兵頭功海 桃果
山本亜依 八木拓海 ほか
制作・脚本・監督・編集:園田 新
Staff Credit
カメラマン:鈴木寿教
ヘアメイク:Emiy(エミー)
スタイリスト:岡本健太郎
インタビュー・記事:満斗りょう
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