【佐藤寛太】映画『正欲』交差する〝個人〟について静思した数か月間の記録

佐藤寛太

映画『正欲』
交差する〝個人〟について静思した
数か月間の記録

思う。自分のなかに芽生えた〈違和感〉に気づかなければ、鈍感であれたのなら、どれだけの物と別れずにこられたのか、と。いまだ笑っていられる瞬間がどのくらいあったのか、と。それでも浸食してくる〈違和感〉から逃れられない私たちは、意外にも「己」という存在に素直な生き物なのかもしれない。けれどそれって、人間の世界で“器用に”生きるうえで正しいこと――?この作品の息づく世界に足を踏み入れたならば、きっと、あなたの中に生きる「己」と目が合うだろう。劇場を後にするとき、心に刻まれる作品の跡は、傑作、問題作、どちらの跡形か。

映画『正欲』

映画『正欲』
©2021 朝井リョウ/新潮社
©2023「正欲」製作委員会

傑作か、問題作か――

横浜に暮らす検事の寺井啓喜は、息子が不登校になり、教育方針を巡って妻と度々衝突している。広島のショッピングモールで販売員として働く桐生夏月は、実家暮らしで代わり映えのしない日々を繰り返している。ある日、中学のときに転校していった佐々木佳道が地元に戻ってきたことを知る。ダンスサークルに所属し、準ミスターに選ばれるほどの容姿を持つ諸橋大也。学園祭でダイバーシティをテーマにしたイベントで、大也が所属するダンスサークルの出演を計画した神戸八重子はそんな大也を気にしていた。同じ地平で描き出される、家庭環境、性的指向、容姿、様々に異なる背景を持つこの5人。だが、少しずつ、彼らの関係は交差していく。

まったく共感できないかもしれない。驚愕を持って受け止めるかもしれない。もしくは、自身の姿を重ね合わせるかもしれない。それでも、誰ともつながれない、だからこそ誰かとつながりたい、とつながり合うことを希求する彼らのストーリーは、どうしたって降りられないこの世界で、生き延びるために大切なものを、強い衝撃や深い感動とともに提示する。いま、この時代にこそ必要とされる、心を激しく揺り動かす、痛烈な衝撃作が生まれた。もう、観る前の自分には戻れない。

-諸橋大也役-

ダンスサークルに所属する大学生。
準ミスターに選ばれるほどの容姿をもっている。

佐藤寛太

原作『正欲』× 佐藤寛太

初めて原作小説を読んだのは、映画のオーディションのお話をいただくよりも前でした。実はそのとき、一度読むのをやめてしまっていて。とてもメッセージ性の強い作品であると同時に、胸にグサグサと刺さってくる言葉や描写が並んでいて、登場人物たちの未来に光が見えず本を置いてしまったんです。他人事ではなく、自分自身が物語のなかに没入する感覚を味わった、といいますか。キャッチコピーで書かれている「読む前の自分には戻れない」という表現がまさに、だと思ったことを覚えています。

知らなかった、はたまた、気づかずにいた
この世界の実態を突きつけられる一冊ですよね。

普通に生きていたら思い至らなかった考えに向き合わせてくれた一冊…というより、向き合わざるを得ない状況をつくってくれた一冊ですね。これから先どんなに気をつけて生きていっても、無意識であれ、意識的であれ、きっといろいろな人を傷つけたり、時に傷つけられたりしながら生きていくのだと感じる作品でした。

佐藤寛太

佐藤寛太

オーディションのお話が来て、
再度、作品を手に取ったのでしょうか?

そうです。すべて読み終わって思ったのは「一体全体、何をどうインタビューして、周りにどんな人がいたらこんなことが書けるのだろう」ということ。僕自身、何か役を演じる際には、その役のバックボーンを考えてキャラクターを掘り下げてゆくのですが、『正欲』に関してはキャラクター全員の掘り下げ方が尋常じゃないんです。「確かにこの人なら、こういった行動をとるだろうな」と、一つひとつの言動に納得できるほど人物像の設定がとても細やかで。

一人ひとりが“文字”という表現を超えて
息をしているんですね。

読んでいて、ものすごく人物像が浮かぶし、肌感で人の体温を感じるんですよね。「この人(朝井リョウ)の文章は何なのだろう」と、問いたいほどの感覚になるんです。しかも、それをきちんと“芸術作品”として昇華して読者に投げてくる。怒りなどの感情をただぶつけてくるのではなく、読み物としての素晴らしさを維持しながら、作品の中で人間をちゃんと生かしているんです。ゆえに、フィクションだけれど、登場人物たちが見ている世界に思いをはせてしまう。その世界を想像してオーディションに臨もうと考えていたら、オーディションを受ける時点で原作のページにたくさんの折り目がついていました。

佐藤寛太

小説に描かれている
登場人物たちの感情の機微、細かな人物像は
役を構築する際、助けになりましたか?

小説を2時間の映画に収めるために、原作から削られているシーンもあるのですが、僕が演じるシーンに関しては原作から人物像を引っ張ってくる部分が多かったので、『諸橋大也』という人間のことが事細かに描かれていてありがたかったです。しかも大也の抱えていることは、新垣結衣さん演じる夏月や、磯村勇斗さん演じる佳道も共通して抱えていること。読み解ける対象が何人かいてとても助けになりました。

『諸橋大也』の役作りは
どのように行っていきましたか?

オーディションの合格通知からクランクインまで、1か月半~2か月ほどあったので、その期間に大也への理解を深めるために「彼は普段どう生きているのか」を、日常的に考えるようにしました。例えば、僕たちが普段何気なく観ているニュースを大也が観たらどう思うのか、この人が言った言葉を大也だったらどう受け止めるのか、街中に溢れる広告に対して大也はどう思うのか、そういった一つひとつの「大也だったらどう思う」を考えながら生活するようにして。今回の作品に関しては、先ほども言ったように原作や台本に事細かに人物像が描かれていたので、役を掘り下げるより「役の視点で世の中を見たらどう思うのか」を考えるほうが、役作りに合っている気がしたんです。

佐藤寛太

役を通して見えた世界は、
佐藤さんの瞳にどう映りましたか?

いままで自分にはなかった視点で世の中を見て思ったのは、「見えていなかったほうが幸せだったんじゃないか」ということ。きっと僕個人で言えば、知らずに笑っていられたほうが幸せだったと思うんです。けれど、その幸せに本当に価値はあるのかな、と。自分の意識していないところで人を傷つけていたとしたら、その傷のうえに成り立っている幸せに価値があるか分からない。そう考えると「知れて良かった」と思うと同時に、「知ったからには戻れない」とも思いました。これから自分なりに考えて向き合って、生きていかなきゃいけないな、と。

人と人の理性的なぶつかり合い、
本質的なぶつかり合い、
さまざまな[対:人]が描かれている今作ですが、
撮影で印象に残っているシーンはありますか?

割とどのシーンも平等に残っています。大也として生きている間は、人に対してあまり良い印象を抱かず、相手が話す前から相手のことを否定しにいっているような感覚があって。ただ、東野絢香ちゃん演じる八重子と大学の教室でぶつかるシーンは、特に印象深く残っていますね。大也が初めて「誰にも見せない」と、心を閉ざしてきたことを人に言うシーンだったのですが、実際に八重子と対峙して、彼女の感情のむき出し方、生の人間の息遣い、体温を感じていくうちに、拒絶していたはずの八重子に対して「目の前で裸の心をさらけ出した人に、自分は何ができるだろう」という問いが浮かんできたんです。それは撮影を通して、僕自身の〈経験〉になったシーンでした。

佐藤寛太

リアルな人間味を感じたがゆえ、の問いですね。
岸善幸監督との作品作りを通して、
監督の映画に存在する“生々しさ”の正体は
何だと思われましたか?

最近監督とお話する機会があり、その正体を知ることができたのですが、正直撮影中は分からなかったんです。監督が何を撮りたいのか分からないまま、撮影するシーンを頭から最後まで通しで撮っていて。ただ、不思議と「しんどい」とは思わないんです。それは岸監督の作品を観てきたことや、ファインダー越しに本質を見抜かれていると感じることが大きいからだと思うのですが、監督自身の言葉をお借りすると「記録しているだけ」なのだそうで。先日お話した際にその言葉を聞いて「その通りだな」と、腑に落ちました。とにかく“記録する”ことに徹する。もともとドキュメンタリーを撮られてきた監督だからこそ、のスタンスが生々しいお芝居や映像に繋がっているんじゃないかな、と思います。

完成作をご覧になって
監督の“記録”を、どのように感じましたか?

シンプルに「思ったことが顔に出ているな」と、感じました。お芝居のなかで「あ、このセリフにカチンときたな」や「この物言いにムカついたんだな」など、他の方が話しているときに大也の表情が入ってくると「こんな顔して人の話を聞いているんだ」といった、自分自身に対する発見もありましたね。

佐藤寛太

他の登場人物たちとも、
深く鋭く対峙されている今作。
共演者の皆さんとのお芝居はいかがでしたか?

僕は東野絢香ちゃんと一緒のシーンが多かったのですが、とにかく彼女が凄まじくて。いままで自分が芝居をする際にこだわってやってきたことが、絢香ちゃんとの芝居を通じて「これでいいんだ」と楽になったんです。もちろん、彼女が八重子を演じるうえで苦しんできたことは同じ役者として想像できるのですが、それでもすごかったんですよ。初めて一緒に芝居をしたとき、割と準備をして臨んだつもりだったのですが、素面に戻ってしまうほど彼女の芝居に圧倒されました。

Dear LANDOER読者
映画『正欲』
From 佐藤寛太

『正欲』に関わった数か月は、原作を読んで、台本を読んで、岸監督と仕事をして、自分の知らなかったことを知れた時間でした。この作品を観てくださる皆さんには「僕の知ったことや感じたことを伝えたい」というより、作品に描かれている実態を知った後、自分はどうしていくのかを考えて欲しいと思います。

佐藤寛太

佐藤寛太

さとう かんた

6月16日生まれ。
運命、タイミング、学び、揺らぎ、
様々な種を〈感光〉させて、シャッターを切り続けるDOER

映画『正欲』
2023年11月10日(金)公開

出演:稲垣吾郎 新垣結衣
   磯村勇斗 佐藤寛太 東野絢香 ほか
監督・編集:岸善幸
原作:朝井リョウ『正欲』(新潮文庫刊)
脚本:港岳彦 
音楽:岩代太郎
主題歌:Vaundy『呼吸のように』(SDR)

映画『正欲』
©2021 朝井リョウ/新潮社
©2023「正欲」製作委員会

Item Credit
カーディガン ¥57,200、パンツ ¥60,500
/ ともにVivienne Westwood MAN(Vivienne Westwood Information)
スニーカー ¥39,600 / YOAK(HEMT PR)
その他スタイリスト私物

Staff Credit
カメラマン:作永裕範
ヘアメイク:KOHEY
スタイリスト:平松正啓
インタビュー・記事:満斗りょう
ページデザイン:古里さおり