映画『波紋』
絶望の波紋はエンターテインメントへ
「人間って面白いな」SP対談
荻上監督の映画には、登場人物たちが本来の自分へ〈帰化〉する姿が描かれていることが多いように思う。〈帰化〉するまでの道中に出会うのは、いたずらっ子のようにユニークでチャーミングな人やモノ、食べ物、動物たち。それらの無邪気さにいつの間にか“ありのまま”が掘り起こされてゆくのだ。映画『波紋』のインタビュー中、何度か出てきた“意地悪”という言葉。いたずらっ子から意地悪に姿を変えた、新・荻上節ともいえる人間の面白さが踊り乱れる時、生れ出た絶望の波打つ先には、まちがいなくエンターテインメントが待っている――!
監督・荻上直子
千葉県出身。2003年長編映画『バーバー吉野』でデビュー。ベルリン国際映画祭児童映画部門特別賞を受賞。『かもめ食堂』の大ヒットにより日本映画の新しいジャンルを築く。『めがね』はサンダンスフィルム映画祭、サンフランシスコ映画祭などに出品され、ベルリン国際映画祭ザルツゲーバー賞を受賞。『彼らが本気で編むときは、』は第67回ベルリン国際映画祭テディ審査員特別賞、ウディネファーイースト映画祭ゴールデンマルベリー賞など、国内外の映画祭で数多くの賞に輝く。2022年『川っぺりムコリッタ』公開。また、NETFLIXアニメーション「リラックマとカオルさん」の脚本、テレビ東京「珈琲いかがでしょう」、Amazonプライム「モダンラブ・東京」の脚本演出を手掛けるなど、配信やTVドラマでも幅広く活躍している。
映画『波紋』
-あらすじ-
「あなたの犯した罪は、なかったことにはならない――」
痛快爽快!絶望エンタテインメントの誕生
須藤依子(筒井真理子)は、今朝も庭の手入れを欠かさない。“緑命会”という新興宗教を信仰し、日々祈りと勉強会に勤しみながら、ひとり穏やかに暮らしていた。ある日、長いこと失踪したままだった夫、修(光石研)が突然帰ってくるまでは—。自分の父の介護を押し付けたまま失踪し、その上がん治療に必要な高額の費用を助けて欲しいとすがってくる夫。障害のある彼女を結婚相手として連れて帰省してきた息子・拓哉(磯村勇斗)。パート先では癇癪持ちの客に大声で怒鳴られる…。自分ではどうにも出来ない辛苦が降りかかる。依子は湧き起こる黒い感情を、宗教にすがり、必死に理性で押さえつけようとする。全てを押し殺した依子の感情が爆発する時、映画は絶望からエンタテインメントへと昇華する。
監督・荻上直子 × 役者・磯村勇斗
荻上直子監督(以下、荻上監督):以前、ドラマ『珈琲いかがでしょう』(2021)でご一緒した際に「とても映像に映える役者さんだな」と感じたんです。その時の印象がずっと残っていて、今回『波紋』を撮影するうえで、「またお願いしたい」と思ってお声がけさせていただきました。
磯村勇斗(以下、磯村):『珈琲いかがでしょう』の時は、荻上さん監督回への出演がほんの少しだけだったので、あまりご一緒できなくて。「荻上監督に演出していただきたい」と思っていた矢先に、この作品のお話をいただいてすごく嬉しかったです。
LANDOER:念願叶っての作品だったんですね。
磯村:はい。個人的に荻上さんの作品を以前から拝見していたんです。登場人物たちの親しみやすさ含め、温かい作品の印象を持っていたのですが、今回『波紋』の脚本を読んだ時に「いままでとは違うジャンルの作品だ」と驚きました。「是非、参加したい!」と、脚本を読んですぐに思ったのを覚えています。
映画『波紋』の制作現場でのセッション
磯村:ドラマの撮影の時は時間が限られていることもあり、淡々と撮影を進めていたのですが、今回の現場に関しては本当にゆっくりと撮影することができました。荻上さんが現場でずっと芝居を見てくださっていたので、「一緒に作っている」という意識が強かったですし、改めてすごく信頼をおける監督さんだと感じました。
荻上監督:私が磯村さんに対して改めて発見したのは、「現場やスタッフさんのことが本当に好きなんだな」ということです。役者さんのなかには、休憩時間や待ち時間の時に自分の楽屋にいらっしゃる方も割と多いのですが、磯村さんは気さくにスタッフの方にも話しかけていらして。
LANDOER:現場は和気あいあいとされていたんですね。
荻上監督:そうですね。磯村さんの現場でのあり方って、ヨーロッパの役者さんに近しいものがあるんです。どちらかというと、日本やアメリカは役者さんを崇める雰囲気があるのですが、ヨーロッパのほうは役者さんも制作部の“役者”という部署のひとりの人間、といった認識が強く、スタッフさんに近い場所で現場にいることが多いんですよ。磯村さんはそういった雰囲気で現場にいらっしゃるので、スタッフの皆さんからも人気で。お芝居だけでなく、そういった一面もすごく素敵だと感じていました。
映画『波紋』の生まれたところ
荻上監督:うちの近所に宗教施設があるのですが、日々、綺麗な恰好をされた奥様たちがいそいそとそこに通っていらっしゃるんです。ある雨の日にそこの前を通りかかった時、傘立てにたくさんの傘が刺さっているのを見て「こんなにたくさんの人が問題を抱えていて、ここにしか拠り所がない人がこんなにいるんだ」と思って。そこから宗教にハマってしまう主婦を描くことになりました。
磯村:僕は脚本を読んで、「会話が面白いな」と思ったのを覚えています。それに加えて、筒井(筒井真理子)さん演じる依子の修(光石研)に対する態度や、見えないところでの嫌がらせ行為が本当に怖いな、と(笑)。「荻上さんの頭の中はどうなっているんだろう?」と思うくらいヒヤヒヤさせられました(笑)。でも、そんな2人を見てなぜか笑えてしまうことを考えると、人間って誰しもどこかに腹黒い部分があるのだと思いましたし、その腹黒さに強く人間味を感じるって面白いことだな、と。
荻上監督:依子の嫌がらせは、ネットで「夫 復讐」と調べて最初に出てきたものを使ったんですよ(笑)。私はしたことがないけれど、「みんなやってるんだな~」と(笑)。
磯村:えー!怖い!それを見て「しめしめ」と思っているのって、もう自己満足の世界ですよね(笑)。
依子の二面性に込められたもの
荻上監督:依子に関しては、家の外で「良い自分を見せたい」と思う面と、家の中でのヒステリックな面の両方を地続きで見せたいと思っていました。依子と同じような二面性ではなくとも、人ってずっと同じ面ばかりでは生きていないと思いますし、そんなに良い人ばかりじゃないと思うんです。いままで私が制作してきた映画は、割と私の中の“良い部分”を見せてきたのですが、私だって意地悪な部分だってありますから(笑)。今回はそういった人間の両面を描きたかったんです。
磯村:人の“意地悪な面”は、やっぱり怖いと思うけれど、僕だって人間なので全部が全部良い人ではありません。具体的に「こんな面があります」と言えるものはないけれど、少し偽善者っぽくなったな、と思うようなことはありますし、かばっている風に見えて実は腹の中では笑っている自分がいるような気がすることもある、そんな風に見えているものと中身が違うのも人間らしさのひとつなのかな、と思います。
荻上監督の作品に登場する『ダンス』たち
LANDOER:監督の作品には、よくダンスが登場すると思うのですが、あの振付はどのように考えていらっしゃるんですか?
荻上監督:ダンスはあまり動かなくてもいい振付を意識してもらいながら、少しのリクエストだけで作ってもらっています。どちらかというと、ダンスより音楽の制作時のほうが細かくリクエストを出している気がします。
LANDOER:ちなみに、今回の作品の特徴的な音楽とダンスはどのように作られたんですか?
荻上監督:実は私、高校生の時に全寮制の学校に通っていて、その学校で毎日夕礼をしていたんです。そこで行うことが『波紋』の新興宗教の儀式と少し似ていて。毎晩、歌を歌って正座をして「みなさんこんばんは」と挨拶をするんですよ。その記憶がずっと頭にあったので、そこで歌っていた歌に近いものを作っていただきました。
信者になること、信者の周りで生きること
両方の芝居経験がある磯村さんが思うこと
LANDOER:以前磯村さんは、映画『ビリーバーズ』で宗教的な団体に入信している信者を演じられていましたが、今回、母親が新興宗教に入信する、という信者の周囲の人間を演じられてみて、〈信じる〉というところに違う感覚を覚えられましたか?
磯村:映画『ビリーバーズ』も今作も、母親が宗教的団体にのめり込む役ではあったのですが、大きく違ったのは「自分が入るか、入らないか」といった部分だったので、そこに関しては違う感覚でお芝居をしていました。『ビリーバーズ』の時は自分もその団体に入っている設定だったのですが、今回は一歩引いて母親のことを見ている。依子の弱さと崩れていく様子を見ながら、「そこにすがってしまうんだ」という冷静な思いを抱きました。
LANDOER:「何かにすがりたい」と助けを求める声は、どちらの作品からも感じられましたか?
磯村:そうですね。どちらの作品も[新興宗教]というものの危険な部分を描いているので、そこに足を踏み入れる怖さを感じましたし、そういう場所にすがって生きないといけない時代になっていることに一番の恐怖を感じました。もちろんすべてを否定するわけではないですが、助けを求める先に[宗教]があるのは、僕は怖いな、と。いろんなものを抱えて新興宗教にのめり込んでしまう依子のことを他人事に思えないところを考えると、今の時代に必要な映画だな、と思います。
磯村勇斗(30)
いそむら はやと
1992年9月11日生まれ。
“創る”ことへの〈敬意〉と〈信念〉を大切に、
常にニュートラルなまなざしで役に身を投じるDOER
映画『波紋』
2023年5月26日(金)全国ロードショー
出演:筒井真理子 光石研 磯村勇斗
安藤玉恵 江口のりこ 平岩紙 津田絵理奈 花王おさむ 柄本明
木野花 キムラ緑子
監督・脚本:荻上直子
Staff Credit
カメラマン:鈴木寿教
ヘアメイク:佐藤友勝
スタイリスト:笠井時夢
インタビュー・記事:満斗りょう
ページデザイン:古里さおり