【岸井ゆきの】映画 『シンシン アンド ザ マウス / SINSIN AND THE MOUSE』まるで〝小説を観る〟一本しんしんと降る創造の雨が〈喪失〉と〈再生〉の物語に恵をもたらす⸺

岸井ゆきの

【岸井ゆきの】
映画『シンシン アンド ザ マウス /
SINSIN AND THE MOUSE』
まるで〝小説を観る〟一本
しんしんと降る創造の雨が
〈喪失〉と〈再生〉の物語に恵をもたらす⸺

他の人には何気ない景色が、自分には〈喪失〉を思い出すきっかけになることがある。このむなしくてたまらない気持ちを一寸違わず誰かと共有することなんてできないし、自分が望む形で他人が癒してくれる可能性などゼロに等しい。結局のところ私たちは、揺るぎない「自分」という平和を信じて人生を紡ぐしかないのだ。しかし、そんな瞬間の連なりのなかで〝たった一人〟と出逢うことがある。自分と同じものをだいじにしていて、意志をもってそっとしておいてくれる静まりのような人と。ひとりぼっちの夜、さみしいふたりの耳に響く小さな足音は、〈再生〉への静かなはじまりかもしれない⸺。

映画
『シンシン アンド ザ マウス / SINSIN AND THE MOUSE』

映画 『シンシン アンド ザ マウス / SINSIN AND THE MOUSE』

-イントロダクション-

吉本ばなな原作、
“ちいさな光に照らされた人生のよろこび”を
描いた短編小説を映画化
自分を慈しむことの大切さを静かに語りかける、
再生と希望の物語

吉本ばななの短編小説集で第 58 回谷崎潤一郎賞(中央公論新社主催)を受賞した「ミトンとふびん」に収められた一篇「SINSIN AND THE MOUSE」。金馬映画祭Film Project Promotion(FPP)部門 優秀企画に選出され、日本と台湾の合作で映画化を実現した。主演は、確かな演技力で観る者の心を震わせる岸井ゆきの、そして台湾人俳優のツェン・ジンホア(曽敬驊)。ツェン・ジンホアは、出演映画が連続で興行収入1億台湾ドルを突破したため、「億万の幸運星(スター)」と呼ばれており、2025年に公開された映画『我家的事(原題)』で、第62回金馬奨にて最優秀助演男優賞を受賞、今最も注目すべき次世代を担う演技派若手俳優。言葉を超えて響き合う二人の繊細な感情の往復が、抑えきれない悲しみと微かな希望を少しずつ重ね、やがてひとつの“再生”の形を描き出していく。監督・脚本を務めたのは、『ボクは坊さん。』、『すくってごらん』の真壁幸紀。 舞台は台湾。近代的な高層ビルと、どこか懐かしさを感じさせる街並み。日本に似ているようで、少しだけ違う空気が流れている。“喪失を抱えながら生きる”という時間は、誰にとっても決して他人事ではない。見知らぬ街で交わす何気ない言葉や、ささやかな出来事の積み重ねが、止まっていた心をゆっくりと動かしていく。本作は、その現実をまっすぐに見つめながら、悲しみの先にある小さな光をそっと映し出す。

-あらすじ-

台北で出逢ったのは、明日へ続く、さようなら。

母を亡くし、深い喪失感を抱えたまま日々を過ごす、ちづみ。心の空白は埋まらず、時間だけが過ぎていくなか、友人に誘われ、台湾を訪れた。そこで、台湾人の母と日本人の父を持つ・シンシンを紹介される。見知らぬ街の風景と、何気ない会話の積み重ねが、止まっていた心を少しずつ動かしていく。消えない悲しみを抱えながらも、小さなぬくもりを見つけていく⸺。

日本 × 台湾合作映画
『シンシン アンド ザ マウス /
SINSIN AND THE MOUSE』
×
岸井ゆきの

もともとエドワード・ヤン監督のファンで台湾映画も好きだったので、今回監督の真壁幸紀さんとプロデューサーの阿部豪さんから、「ちづみ役は岸井さんしかいない」と熱のこもったオファーをいただいたときは本当に嬉しかったです。しかも撮影のほとんどが台湾ロケで、相手役は台湾の役者さん。自分にとって初めて尽くしの環境でしたし、海外クルーとの製作にも興味があったので、現場に入る前からとても楽しみでした。

岸井ゆきの

実際に日台合作の現場に
入られてみていかがでしたか?

チーフカメラマンのウェイン・ローさんがすごく綺麗な画を撮られる方で、私がエドワード・ヤン監督の映画でずっと観てきたような“反射”や“揺れ”をとても素敵に捉えられるんです。カメラを置く位置一つとっても、良い意味で日本の撮り方と異なる世界観をもたれていて。たくさん言葉を交わしたわけではないけれど、なんとなくそう感じられる部分があり、すごく興味深かったです。

劇中に出てくるおいしそうな食べ物や、
丁寧に描かれる食事のシーンも
本作の魅力の一つだと感じました。
台湾の皆さんの〈食〉に対する姿勢で、
印象に残っていることはありますか?

あります。台湾クルーの皆さんは“食事”をとても大切にされるんです。昼食の休憩時間をきちんととったり、あたたかいものをあたたかいうちに食べたり。そうして休む時間を大切にしながらも、現場の時間が押したときは押した分だけきちんとオーバーチャージをとる。「決まった時間に決まったことを終わらせようね」という進め方が、士気を上げてくれることもあるのだと感じました。

岸井ゆきの

岸井ゆきの

時間の使い方や、
重きを置く価値観に刺激を受けるのも
海外との合作ならではですよね。
一方で、現場の外で
印象に残っていることはありますか?

台湾はおいしい果物がたくさんあって、活気にあふれたにぎやかで素敵な街。これまでも旅行で訪れたことはあったのですが、今回初めて3週間以上滞在してみて、さすがに日本食が恋しくなりました。ロケの終盤は、プロデューサーさんが持ってきてくれた納豆ふりかけを白米にかけて、みんなで「私たち日本人だね」と言いながら食べていましたね(笑)。

原作で繊細に描かれていた
『ちづみ』の心情の動きや余白が、
どのように映像化されるのかとても気になります。

小説と映像の大きな違いは、やっぱり視覚的なアプローチだと思います。原作の小説を読んでいるときは“自分の想像のなかで旅に出る”という感覚があったのですが、実際に映像で観てみると、物語の世界観がより彩られているように感じました。私も原作を読みましたが、本作は映画化にあたって大きな脚色を加えていないんです。それが“小説を観ている”ようでもあって。一つだけ脚本で付け加えられたのが、雨のなかで〈声〉について語るシーン。ちづみが雨に濡れないようにシンシンが手で傘を作ってくれるのですが、あの場面は可視化して初めて2人の関係性が見えてくるシーンになったと思います。原作はもちろん素敵で、それだけでも豊かな体験ができるけれど、映像になることでより“ちづみと一緒に物語の世界を旅しているような感覚”になれるはず⸺。そんな、映画ならではの臨場感を色濃く体感していただけたら嬉しいです。

映画 『シンシン アンド ザ マウス / SINSIN AND THE MOUSE』

映画オリジナルの雨のシーンは、
台湾の悪天候を逆手にとった演出だと伺いました。
あのシーンは現場で生まれたのでしょうか?

そうです。本当はどのシーンにも雨は降っていない予定だったのですが、撮影時間が限られているなかで雨が続いてしまって。現場で「雨の設定にします」と告げられ、あのシーンが生まれました。でもそのおかげで、ジンホア(ツェン・ジンホア)さんが手で傘を作る場面や、声について話す場面ができたので、結果的に悪天候を味方につけることができたと思っています。

雨のシーンで交わされる言葉も、
おふたりのお芝居も本当に素敵でした。
言語の壁もあったと思いますが、
実際に一緒にお芝居をされてみていかがでしたか?

今回、ジンホアさんは日本語の台本と中国語の台本を照らし合わせながら撮影に臨まれていたのですが、日本語のセリフをほとんど音で暗記されていたのが印象的でした。常に中国語の台本でセリフの意味を確認しながら、感情の土台を作られていて。本人は「(セリフを)歌のように覚えているんだ」と言っていたのですが、セリフの言葉一つひとつにちゃんと気持ちがのっているぶん、シンシンの感情がすごく伝わってくるんですよ。一緒にお芝居をする身としては、それがとても感動的で。「心さえあれば受け取れるものは受け取れるし、伝わるものは伝わる」ということをジンホアさんから教えていただきました。

岸井ゆきの

シンシンの誠実さに通ずる部分があったんですね。

本当に誠実な方で、空き時間もずっと日本語の練習をされていました。撮休の日も一緒に読み合わせをしていたのですが、そのときに彼が台本にひらがなを書き込んでいるのを見たんです。その字がすごく綺麗で…!思わず「どうしてそんなにひらがなが上手なの?」とお聞きしたら、ドラマ『一筆お祓いいたします』(2023)の書道シーンを吹き替え(代筆)なしでご自身が演じられていたそうで、「そこでひらがなを覚えたから書けるんだよ」と教えてくれました。本作だけでなく、一つひとつの仕事と真摯に向き合い、学んだことを常に自分のものにされているのだと知って「なんて素晴らしい方なんだろう」と思いましたし、彼自身の誠実さがシンシンの魅力にも繋がっているんだろうな、と感じました。

短い時間でシンシンに心を惹かれてゆくちづみ。
岸井さんご自身は、
ジンホアさん演じるシンシンの
魅力をどう感じていましたか?

ジンホアさんが演じるシンシンの言葉には“嘘がない”と感じていました。心から本当にそう思っていることが伝わってくるといいますか。シンシン役がジンホアさんじゃなかったら、ちづみの心に疑いが生まれていたかもしれない⸺そのくらい、“信じられる言葉”をもっている人なんです。それはジンホアさんとシンシンの近しい部分だなと思います。

岸井ゆきの
岸井ゆきの

本作では、とても静かに
〈喪失〉と〈再生〉が描かれます。
岸井さんにとって喪失感を感じるのは
どんなときですか?

一番身近なものでいうと、作品が終わったときでしょうか。撮影中は2、3ヶ月くらい役と一緒に生きていますし、準備期間まで含めると半年ほど一緒にいることもあるので、オールアップして役から離れる瞬間は喪失感を感じます。撮影が終わったあとに「私、どっちで生きていたっけ?」と困惑することも。ただ、ちづみに関しては他の作品よりもスッと切り離すことができました。きっとそれは、彼女を通して見た景色のほとんどが台湾だったから。役として見た景色が身近にある場所だと、どうしても心に引っかかってしまうんです。少し澱が残るといいますか。でも今回は、最後のシーンの撮影とともに台湾で『ちづみ』を終わらせることができました。

Dear LANDOER読者
映画
『シンシン アンド ザ マウス /
SINSIN AND THE MOUSE』
From 岸井ゆきの

原作が映画化する場合、いくつかパターンがあるのですが、本作に関しては“小説から出てきた映画”という印象です。ちづみのポケットにも『ミトンとふびん』が入っているんじゃないかと思うくらい、原作に近い温度感で映像化できたと思っています。原作が好きな方にも、台湾の素敵な景色とともに“ちづみの旅”を楽しんでいただけたら嬉しいです。そして私自身、本作を通してシンシンにとても大切なことを教えてもらいました。すごく小さくて可愛い映画ですが、ぜひ大きなスクリーンで観ていただきたいと思います。

岸井ゆきの

岸井ゆきの

きしい・ゆきの

2月11日生まれ。
岸辺で揺れる花のように、
森羅を味わい 唯一の〈芝居〉を咲かせるDOER

映画 『シンシン アンド ザ マウス / SINSIN AND THE MOUSE』

映画 『シンシン アンド ザ マウス / SINSIN AND THE MOUSE』
2026年6月26日(金)より
新宿バルト9、シネスイッチ銀座ほか全国公開
出演:岸井ゆきの ツェン・ジンホア
   藤原季節 中田青渚 伊勢佳世
   柄本時生 / 飯田基祐
   リン・チェンシー
   エンジェル・リー / リン・メイジェン
   余 貴美子
原作:吉本ばなな「SINSIN AND THE MOUSE」
  (新潮社刊『ミトンとふびん』収録)
監督・脚本・編集:真壁幸紀
共同脚本:加藤法子
サウンドプロデューサー:TAKU Tanaka
製作幹事・企画・制作プロダクション:ROBOT
共同幹事:TCエンタテインメント/前景娛樂有限公司
配給:カルチュア・パブリッシャーズ

Staff Credit
カメラマン:YURIE PEPE
ヘアメイク:藤井牧子
スタイリスト:茂木美鈴
インタビュー・記事:満斗りょう
ページデザイン:Mo.et