舞台『レイディマクベス』
女性として生きること、
母親として生きること、
その狭間で葛藤した、
ひとりの〈私〉が信じたもの
人間には、人名ではない呼称がつくことがある。「夫人」や「母親」もそのひとつ。そしてその呼称は、実は人名よりも〝あるべき姿〟を統一する力をもっていたりする。「こうあるべきだ」と、古より社会に刻まれた〈概念〉という消えない筆跡。どんなに自分の色を重ねても、筆跡の上にはほんの少しのくぼみができてしまう。「マクベス夫人」という呼称を、自身の名のように纏い続けた女性・レイディマクべス。彼女が葛藤したくぼみには、本当はどんな色が重ねられていたのか。歴史上初めて彼女に迫る本作で、レイディマクべスを演じる天海さんに、作品のお話から、時代と共に変わる〈概念〉と普遍的な人間の姿、そして人生におけるエンタテインメントの浸透性まで、たっぷりとお話いただきました。
舞台『レイディマクベス』
-Introduction-
シェイクスピアが『マクベス』の中で描いた
「マクベス夫人」を大胆に解釈!
あらたな私たちのレイディマクベスの物語が
ここに誕生します!
ウィリアム・シェイクスピアの『マクベス』の登場人物であるマクベス夫人。彼女は主人公マクベスの妻という存在でこの戯曲の中に登場します。そしてその強烈なキャラクターは、時には「国を滅した女」、「悪女」など様々な形容を持って語られます。しかし、ここまでシェイクスピア作品の中で「有名」なキャラクターにもかかわらず、なぜ彼女は名前を与えられなかったのだろうかという疑問が頭をよぎります。『ハムレット』はガートルードだし、『オセロー』ではデスデモーナ、『リア王』に至っては2人の夫人を含む3人の娘にしっかり名前があります。名前は、人としての存在を証す根本であり、誰もが自分自身の名前を与えられる権利があります。名前がない。「〜の夫人」としてのみの認知。誰かに依存しなければ、自分の存在価値を認めてもらえないような感覚、レイディマクベスは幸せだったのか、そして彼女が本当に手に入れたかったものは何だったのか、その理由を探求したくなったことから、この新作は誕生しました。
-Story-
戦争が続いているとある国。レイディマクベスは元軍人であり、自ら戦場に赴く兵士だった。マクベスとは、ともに国を守るために闘う同志として知り合い、恋に落ち、娘を授かります。しかし彼女は産後、戦場へ戻れなくなり、母として、家庭を守ることに専念しています。彼女はそんな現状に満足できないまま人生を歩んでいます。戦いは相変わらず終わりを迎える様子もなく、夫マクベスは戦場で次々と勝利を収め、国を導く存在となります。彼女は常に忘れられない若き日に描いた夢があります。それは「夫と共に国を治める」ということ。そんな時、統治者ダンカンが血縁者以外から後継者を選ぶと宣言します。彼女の脳裏に忘れずに在った夢であり、夫婦の野望、そしてその夢が今、まさに手に入りそうになった時、二人は望むものを手に入れることができるのか…。
-レイディマクベス(レイディ)-
彼女はかつてマクベスと共に戦場で戦った軍人であり、軍の指揮官であった。そんな時、同じ軍隊の同僚でもあり、同志でもあるマクベスと出会った。二人は深く愛し合い、マクベスと結婚、子供を授かる。彼女は出産後再び、マクベスと共に戦場へ戻り、自分のキャリアを継続するつもりでいたが、出産による身体のダメージで、彼女は戦場に戻ることができない身体となってしまった。
レイディマクベス × 天海祐希
“稀代の悪女”として描かれてきた彼女。故に、マクベス夫人に対しては「夫を王にする」という野心のままに、様々なことを仕掛けていく女性だという印象をもっていました。いままでは彼女をメインに描いた作品がなかったゆえ、私も含め「マクベス夫人ってどういった生まれで、どうしてこうなったのだろう?」と、彼女に対して疑問をもつ人は少なかったと思うんです。それが本作では「こういう人だったから、こういうことをしたのかな」と、マクベス夫人について疑問をもち、考えることのできる材料がしっかりと描かれることになると思います。
初めて「マクベス夫人」に照準が当たる今作を、
現代(いま)上演する。
そこに天海さんが感じられた意義を教えてください。
まず、シェイクスピアの作品がどうしてこんなに長い間、世界中で愛され、興味を持たれているのか、それは登場人物たちが現代と何ら変わりないからだと思うんです。確かに「人を手にかけるかかけないか」という違いはあるにせよ、人間関係、感情、行動、妬み、愛情、僻みや怒り、喜びも含めて、作品のベースに流れているものは現代を生きる私たちと変わらないんですよね。そう思うと、「人って昔から何ひとつ変わっていないんだ」と安心するとともに、「成長していないんだな」とも思うのですが、それが〈人間〉という生き物なのかもしれない、という気もしていて。
変わらない部分こそが〈人間〉であり、
変わらないことに疑問を抱くのもまた、
人間の性なのかもしれないですね。
そうですね。いまは多様性が重視されている世の中だけれども、そんな世界の中でも「女性が新しい命を宿し、育み、産み、育てる」ということは古代の昔から変わらないことなわけで。ひとりの人間が女性になり、女性から母親になったときに、〈女性〉である自分と〈母親〉になった自分にどのように折り合いをつけていくのか。そういった、現代にも通ずる話が描かれている作品が『レイディマクベス』だと思います。子どもや夫との向き合い方、そして世の中との向き合い方など、すべてが詰め込まれているんじゃないかな、と。そこに現代(いま)上演する意義のひとつを感じています。
マクベス夫人も一人の女性であり、母親ですものね。
夫人なりの〈女性〉、
そして〈母親〉としての生き方を
天海さんはどう感じられましたか?
私、彼女に関しては、〈母親〉にはなりきれていないような気がするんですよね。もし彼女が“母親としての強さ”をもっていたのならば、結末は違ったんじゃないかな、と。「子どもを産めば母親になれる」と思われているかもしれないけれど、それはきっと違って、子どもを産んだ女性たちが自分なりに学んだり成長したりしながら〈母親〉になっていくのだと思うんです。そう思うと、自分の母親も含め、世の中のお母さんたちは努力のうえで〈母親〉になっていった方たちなんですよね。
確かに。
現代は「女性=〈母親〉になるもの」
という既成概念のあった時代を超えて、
女性の生き方が多様になってきている気もします。
でも、どの時代にもいろいろな選択肢をとっていた女性はいると思うんです。少数派の選択を「それでもいいんだよ」と肯定されなかった時代に、そういった選択肢をとった女性たちの記録が残っていないだけで、「子どもを産まない」という選択をした人もいたはずですし。それが現代では、様々な精神的な闘いや葛藤はあれど「あなたはあなたらしく生きればいい」と、肯定されやすくなった気がしますね。
生き方が多様になったというよりは、
世界が多様性を受け入れるようになった、
が近いのでしょうか。
もちろん、すべてではないですけどね。完全にもろ手を挙げて「そういう生き方をしていいですよ!」と言われるような時代にはまだなっていないとは思うけれど、それでも「結婚をして、子どもを産んで、〈自分〉というものを変えなければいけない」という考えが一般化していた時代からは変化していると感じます。マクベス夫人は、そういった時代のなかで葛藤した一人の女性。「〈私〉を変えたくない、でも変えなくていいのだろうか…」と考えている間にも、子どもはどんどん育ってゆく。変えたくない自分と〈母親〉として変わらなければならない自分のギャップは、彼女の大きな悩みだったんじゃないかと思います。
葛藤と野心を抱え、悩みながらも
“彼女が信じたもの”はなんだったと思われますか?
「マクベスという人間を王にしたい、彼は王になれる人だ」という“夫を信じる気持ち”でしょうか。そこには迷いがなかったように思います。だからこそ、彼のお尻をたたいて「さあ、やっていこう」と動いたわけで。稀代の悪女として描かれてきた彼女だけれど、彼への愛情や想いには深い気持ちがあったと、私は感じています。
いままでとは違う方向から
「マクベス夫人」を表現する今作を見て、
新しい視点から自分なりの想像を
見つけることができる、
それは演劇の大きな魅力のひとつだと感じました。
そうですね。その一方で私は、演劇とは「その人をあぶり出す場」でもあると思っていて。いろんな見方ができるからこそ、どういった見方になるかは本人が置かれている状況や、性格、大切にしているものによって変わると思うんです。何に共感し、何に嫌悪を抱き、何に感動したのか、それを知ることによって、いま現在自分が置かれている状況が分かるといいますか。今回の『レイディマクベス』に関しても、“稀代の悪女”と描かれてきた彼女に嫌悪を抱く方がいらっしゃると同時に、彼女に共感する方、彼女の生き方に感動する方、涙する方がいらっしゃるかもしれない。それは観てくださる方々の心の持ちよう次第。多くの方にいろいろな見方をしていただける舞台になったらいいな、と思います。
「いままでの人生をもって、作品を考える」
それこそが、本当の意味で
“作品を観る”ということだと
一観客として感じます。
演じる私としては、「作品を通して誰かの人生を変えよう」などとはまったく思っていないけれど、そうやって作品を考えながら観てくださる皆さんに、何かひとつ温かいものであったり、喜び、楽しさであったり、帰り道に「観てよかったな」と思ってもらえる瞬間だったりを生み出すことができていたら幸せだと感じます。そのためには、当然ものすごく努力をしなければならない。中途半端にやったものを人に見せて「良かったな」と思ってもらおうなんて、そんな甘いことは考えられないですから。観てくださる方々がどんな感情を抱いたとしても、「観てよかった」と最後に思っていただけたら、演じる者としてこんなに幸せなことはないです。
天海さんがそこまで努力を傾注することのできる
〈原動力〉はなんですか?
自分ができないことを知っていること、ですかね。「こんなこともできなかったんだ」「こんなふうに見えていたんだ」「いまならもう少しできるのに」、そうやって毎度感じる“悔しさ”が私の〈原動力〉。それがなくなったら、きっと辞めると思います。
とまることなき探求ですね。
大ファンであるアダム・クーパーさんとの
共演にも注目の今作。
初めてアダムさんを生で観たときの
ことを教えてください。
初めて生で拝見したのは『雨に唄えば』という作品でした。「世界的に有名なアダムさんを、しかも大好きな『雨に唄えば』で拝見できる!」と思い劇場へ向かったんです。舞台を観て「あ、生の舞台ってこういうことだよな」と、あまりに感激して泣いたことを覚えています。すべてのスポットライトを自身に集めて、違うカタチの〈光〉に変えて客席に送り出しているアダムさんがステージ上にいて、「なんて眩しいのだろう」と。
ステージと客席を超えて、
次は同じステージに立つお2人が楽しみです。
これまでも何度かご挨拶をさせていただいているのですが、役を通して自分の意見や感情、向き合い方についてお話するのは稽古場が初めて。世界中の作家や演出家の方々との経験、素晴らしいダンサーや役者の皆さんとの共演で培われてきた、アダムさんの見方や考え方に触れることができるのを、いまから楽しみにしています(取材は7月)。なんといってもアダムさん演じるマクベスは、盲目的に夫人を信頼し、愛している人物。夫人から見たマクベスや、マクベスに対する想いについてコミュニケーションをとりながら、アダムさんがお芝居をつくっていかれる姿を拝見できると思うとワクワクします。加えて、共演者の皆さんも本当に力のある方ばかりなので、それぞれの役を通して感じたことを意見交換したいな、と。私は自分の人生や価値観を通して台本を読むけれど、人が違えば捉えどころも違うと思うので、皆さんがそれぞれに考えられた意見が聞けるのも楽しみです。
稽古から千穐楽までずっとワクワクですね。
そうですね。舞台ってお客様に観ていただくレベルにするまでに、稽古中、公演初日に向けてものすごくジャンプをして、反省をして作っていくものなんです。そこから公演がはじまると、今度は毎日の公演で毎回違うお客様の反応を糧にして、千穐楽まで成長をし続けてゆく。例えるならば、ワインのような感じ。なので、もし機会があれば初日あたりに一度観ていただいて、その後どこかでもう一度観ていただけると、最初とは違う感じ方をしていただけると思います。本当は初日から千穐楽まで、変わらずに同じものをお見せできるのが一番なのだと思うのですが、公演をしているとどうしても感じることが変わってきてしまうので。変えていい部分と、変えてはいけない部分をしっかりと考えて、ウィル・タケット(演出)さんが作ってくださった道筋をまっすぐに歩きながら、日々自分が感じたことがお芝居に反映されていくといいな、と思っています。
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Item Credit
・ブラウス、スカート/2点共に
(ル フィル/LE PHIL NEWoMan 新宿店/TEL:03-6380-1960)
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Staff Credit
カメラマン:田中丸善治
ヘアメイク:林 智子
スタイリスト:東 知代子
インタビュー・記事:満斗りょう
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