短編映画『世界征服やめた』
同じ星に降り立った〝巡り合わせ〟を抱きしめる
スペシャル鼎談
人にやさしく生きなさい、困っている人に道を譲りなさい、見返りを求めずに与え続けなさい、小さい頃からそこかしこで渡されてきた〝善い生き方〟をするためのルールリスト。物語の英雄たちは立派にその善行を行い、地球を、宇宙を、無限の人々の世界を征服してきた。そして、自分だっていつかはそうなれると信じていた。なのに、今ここにいる自分は、何者にもなれていなくて。「この世界に生まれて、行き場のない思いをたくさん抱えて、宛名もない手紙を書き続けている俺の身にもなってみろよ」と、膝を抱えるすべての人へ。私もあなたも、星野も彼方も、流星群の輝きから一人はぐれて、彗星のごとくこの星にやって来た。勇気あふれるこの〈命〉が、この〈生〉が、輝かないわけがない。目の前に広がる世界を、思う存分愛し抜いて生きてやれ⸺
短編映画『世界征服やめた』

-Introduction-
独特な言葉のセンスとパフォーマンスで注目を浴びながら、2011年6月23日に不慮の事故でこの世を去った、ポエトリーラッパー・不可思議/wonderboy。本作は、そんな彼の代表的な楽曲の一つである「世界征服やめた」に強く影響を受けた北村匠海が、脚本を書き下ろし、自らメガフォンをとった短編映画。20歳の頃から言い続けた「『世界征服やめた』からもらった感情をいつか映画にしたい」という想い。その想いに賛同した、北村監督とプライベートでも親交のある萩原利久が、主人公の彼方を熱演。そして、彼方の人生に影響を与える同僚の星野役は、北村監督が才能に惚れ込んでオファーした藤堂日向に決定。また、彼方が通う店の店長に、井浦新が友情出演。その他、スタッフ陣にも、多くの企業CMや数々のミュージックビデオを⼿掛ける清⽔康彦や、錚々たるアーティストから指名を受け、今の時代のクリエイティブの最先端を牽引しているカメラマン・川上智之など、北村監督の魅力に多くのキャスト&スタッフが集結し本作を作りあげた。
-Story-
この世界に居場所を見つけられずに
無力さが日に日に募る彼方。
会社の同僚で、飄々として明るい性格の星野。
ふたりの日常は、
星野が選んだ決断によって大きく揺れ動いていく——
主人公・彼⽅(萩原利久)は、社会の中で⽣きる内向的な社会⼈。変化の乏しい日常をやり過ごす中で、「自分なんて誰にも必要とされてないのではないか…」と自分の無力さを感じていた。そしてどこか飄々として、それでいて白黒をはっきりさせたがる彼⽅の同僚の星野(藤堂日向)。星野の選んだ決断に彼⽅の⼈⽣は⼤きく揺れ動く。「死」の意味を知る時、明⽇の選択は⾃分でできることを知る。世界征服という途方もない夢を追いかけるよりも、自分にしか描けない道がきっとある。
彼方役 萩原利久
×
星野役 藤堂日向
×
企画・脚本・監督 北村匠海

親友・北村匠海からのオファー、
「最初の段階からほぼ当て書きだと感じた」
『彼方』を巡る、似た者同士のキャッチボール
LANDOER:萩原さんは本作のワールドプレミア上映イベントの際に、脚本の段階で「ほぼ当て書きのように感じた」と仰っていましたが、具体的にはどのあたりにそう感じたのでしょうか?
萩原利久(以下、萩原):「北村匠海が彼方を演じている姿が、ものすごく想像できた」という点が、僕への当て書きだと感じた部分でした。僕と匠海って、限りなく近い位置で共鳴できているところがあると思っていて。それがモノの見方なのか、捉え方なのか、「これです」と明確に言葉にできるものではないのですが、どこかびっくりするほどピタッとはまっているところがあるんです。そんな彼が『彼方』を演じているところが想像できた、すなわちそれが「当て書きのようだ」と感じた気持ちに繋がっていて。だからこそ、匠海から投げられたこのボールをどうキャッチするかが、僕の中でひとつの大きなテーマになっていました。彼方は決して言葉が多い役ではなく、どちらかというと星野を受けて言動をするタイプなので、脚本を読んだ段階ですでに「僕はとんでもなく試されているな」と(笑)。

LANDOER:そういった感情が芽生えたのは初めて?
萩原:初めてでした。今までいろいろな現場を経験させていただいてきた中で、こんな感覚になったことはなかったです。僕ら役者は〈役〉をいただいている身なので、今回のように「この役は自分なんじゃないか」と思うことは滅多になく、ましてや、別の誰かが演じている姿を想像できたことなんて一度もなくて。彼方は匠海にもできると感じた瞬間、強い共鳴を感じたと同時に、「さぁ、どうしよう!」と思ったのを覚えています。
LANDOER:北村監督は「分かってくれるだろう」という気持ちで、萩原さんに『彼方』を託されたのでしょうか?
北村匠海監督(以下、北村監督):そうですね。利久が感じていた通り、脚本を書いていると、彼方に重ねる自分の想いがどんどん強くなってしまう部分があって、正直「自分が演じるべきなのでは」と思ったタイミングもあったんです。ただ、自分で監督をやりながら、役者として映画に出るというのは、今回は違うとも感じていて。年齢的にもそうですし、作品として観たときに自分のものになりすぎてしまう気がしたんです。それもあって「自分は出ない」と決めていたので、じゃあ、自分みたいな役者って誰だろうと考えたときに、利久しかいないな、と。きっと分かってくれると思っていました。
萩原:そう、それが分かったからこそ「試されているぞ」と感じたんです(笑)。

あの日の苦しさと、
衝撃的な速度で救われた瞬間を
『星野』の血肉に
LANDOER:彼方と表裏である星野。星野のように表層が〈陽〉のキャラクターは、人によって捉え方の幅が大きく違うと思います。最初に脚本を読まれた際、藤堂さんの目に星野はどんな青年に映りましたか?
藤堂日向(以下、藤堂):少し利久と似ているのですが、僕も試されていると感じましたし、「難しい役が来たぞ、どうしよう」と思う部分もありました。ただそれと同時に、匠海が自分のことを想いながら書いてくれた本だということにも気づいたんです。僕が辛かったときに寄り添ってくれた人が匠海だったので、そういったことを思い出しながら一行ずつ本を読み進めていると、すごく響く言葉がたくさん出てきて。僕に響いた言葉たちは、きっと多くの方にも響くだろうと感じたことを覚えています。だからこそ、この『星野』という役にきちんと血肉を与えて、自分が感じたことを大事にしながら演じたいと思いました。

LANDOER:辛かったときに、北村監督から不可思議/wonderboyさんの存在を?
藤堂:そうです。僕が辛いことを察して、曲名が書かれた短文のメールを送ってくれたんです。
北村監督:僕、基本メールは淡白なんです(笑)。
萩原:淡白ですよ、彼は。僕も人のこと言えないけど(笑)。
藤堂:本当に(笑)。そうして『世界征服やめた』と出逢った瞬間、時間を忘れるほど(動画に)魅入ってしまって。当時の僕の心に、彼の曲が本当に深く突き刺さったんです。不可思議/wonderboyさんの声、鮮烈さ、言葉選び、そのすべてに〈生〉を感じて。初めて「生きている」と思う人を目の当たりにしたといいますか。
LANDOER:その経験や、そこで生まれた感情たちが繋がって、星野というキャラクターが紡がれていったんですね。
藤堂:大袈裟には言えないけれど、匠海が書いた想いがちゃんと映し出せたらいいなと思って演じていました。自分ができる限りのことはしたかなと思っています。

僕らの人生が、流星群からはぐれたものならば
それはいったいどこから来たのか——?
『星野』と『彼方』に込められた、名付け親の遊び心
LANDOER:今回、北村監督が役名を『星野』と『彼方』と名付けたのには、何か理由があるのでしょうか?
北村監督:役名の着想も、不可思議/wonderboyさんの歌詞から来ているもので、『世界征服やめた』の中の「人生はきっと流星群からはぐれた彗星のようなもので 行き着く場所なんてわからないのに 命を燃やし続けるんだよ」という歌詞から『星野』と『彼方』という役名を名付けました。考えてみると、ちっちゃい細胞から、今こうして手足を動かすにいたるまでの、僕らが生まれてくるメカニズムってすごく神秘的じゃないですか。ファンタジーかもしれないけれど、不可思議/wonderboyさんが歌っているように、もしも僕らが流星群だったとするならば、いったいこの人生はどこから地球に降ってきたのか——それを考えた結果、今回の2人の名前にたどり着いたんです。加えて、僕にとっては『星野』が『彼方』の前にいることが結構大事で。物語的には、彼方に星野がくっついているような見え方になっているのですが、最後の屋上のシーンで星野の後ろに彼方がいることで、『星野』『彼方』の構図が完成するようになっているんですよ。僕、歌詞を書くときも、こういった遊び心を入れたくなってしまうタイプで、今回も「遊び心のクセが出てるな~」と思いながら書いていました(笑)。
LANDOER:ということは、名前が先行してあの屋上のシーンが?
北村監督:そうです。2人には言ってはいなかったのですが、この役名にはそういった遊び心が込められています(笑)。

Dear,不可思議/wonderboy
LANDOER:不可思議/wonderboyさんのYouTubeには、友人に語りかけるかのようなコメントが今でも溢れています。もし、お三方が不可思議/wonderboyさんに言葉を贈るとしたら、どんな言葉をしたためますか?
「この映画、僕を介して、
また新しい人があなたと出逢えたはずです」
From 北村匠海
北村監督: 僕、毎年、不可思議/wonderboyさんを聴く時期っていうのがあるんですよ。それが毎年12月に入る頃で。だいぶ前のある年の冬に、当時の自分を書き留めたことがあります。
LANDOER:それは驚きでした。YouTubeのコメント欄って、友達が集まっているようでいいですよね。
北村監督:そうなんですよね。僕も、自分たち(DISH//)の動画のコメント欄を読むのがすごく好きなんです。みんなが不可思議/wonderboyさんに向けてコメントを書いたように、自分の人生を吐露している方がたくさんいて、そこにあたたかい人が集まって、やさしい連鎖が生まれているのを感じるんです。そんな風に現代を生きる人たちが、この映画をキッカケに、不可思議/wonderboyさんの動画や楽曲に出逢ってくれたらいいなと思っています。それが、僕がこの映画を作った目的の一つでもあって。初めて彼の曲を聴いたとき、17歳の僕は、彼からバトンを受け取ったような気がしたんです。僕にとって彼は一生忘れられないアーティストの一人。だからこそ、『不可思議/wonderboy』というアーティストを未来に残していきたいなと。今回、ご家族にもお会いさせていただいて、そういったお話もさせていただきました。マネージャーさんともお話させていただいたのですが、僕が書いた、彼方と星野が居酒屋で会話しているセリフの内容が、当時、不可思議/wonderboyさんとマネージャーさんが話していた内容を思い出したことなどをお聞きして。この作品を作りながら、本当にいろいろな巡り合わせや示し合わせを感じました。だからもし、僕が今、彼に向けてコメントを残すとしたら「この映画、僕を介して、また新しい人があなたと出逢えたはずです」と伝えたいです。
LANDOER:この作品を通して、たくさんの方が不可思議/wonderboyさんの存在、言葉に触れると思います。きっとそこに新たな連鎖が生まれるはずです。
北村監督:正直、これだけ長く愛されているアーティストさんで、今でも多くの人に「生きる」ということを与え続けている方なので、映画化によってエンタメになってしまうことに、どんな思いが返ってくるだろうという不安もあったんです。でも、たくさんの方が感謝の言葉をくださって。本当に嬉しいですし、むしろ、こちらこそありがとうございますという気持ちでいっぱいです。

「お会いしてみたかったです」
From 萩原利久
萩原:もし自分がコメントを書くとしたら…すごくシンプルになってしまうのですが、「お会いしてみたかったです」と伝えたいです。今回、ご縁があって不可思議/wonderboyさんの楽曲を聴くことができて、こういった形で匠海の作る映画に参加させてもらって、心からお会いしてみたかったと思うと同時に、知るのが遅すぎたという悔しさもあって。僕は初めて『世界征服やめた』を聴いたとき、表現者としての底知れないエネルギーに衝撃を受けたんです。言葉を使う人間として、あそこまで純度の高いものを発信できるって、技術どうこうで計りきれるものではないなと。ご本人の中で燃えているものや考えているものが混ざりに混ざって、あれほどの言葉のチカラになっているのだと感じて。一表現者として、彼のような究極の表現者に、お会いできるものならお会いしてみたかったと思います。
LANDOER:今ここで北村監督を介して、不可思議/wonderboyさんと出逢われたこと、もっと言えば、北村監督との出逢い、すべてが巡り合わせですよね。
萩原:本当にそう思います。匠海と共演というカタチで出逢って、交流ができて、こういった機会をもらって…どこかのピースが欠けていたら、今僕はこの場にいなかったのだと思うと、一つひとつの繋がりが尊いなと。今までで一番「ここにいること」に感動していますし、本当に恵まれているとつくづく感じます。

「あなたの歌のおかげで、燃え尽きずに済みました。
ありがとうございます。
そしてこれからもよろしくお願いします」
From 藤堂日向
藤堂:コメントを書くとしたら―…(熟考)
北村監督:考えて話すなって~(笑)。
藤堂:あはは(笑)。僕は「あなたの歌のおかげで、燃え尽きずに済みました。ありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いします」と伝えたいです。あのとき、不可思議/wonderboyさんに救われた人間なので、この言葉を残したいと思います。

北村匠海
きたむら たくみ
11月3日生まれ。
森羅の生命を包容する〈海〉のごとく、
“凪”も“漣”も決して見放さない、愛あふれるDOER
【E:Euphoria|幸せを感じるときは?】
今の幸せは“ごはん”かな。正直「胃に入ればすべて一緒だ」とも思うのですが(笑)、ごはんを食べたときに感じる「おいしい!」という感覚の付加価値には、ものすごく幸せを感じるんですよね。生きてるって感じがするんです。

萩原利久
はぎわら りく
2月28日生まれ。
集まり笑う祝杯も、孤独に響く夜声も、
すべての情動を〈陸〉続きで表現に昇華させるDOER
【E:Euphoria|幸せを感じるときは?】
僕はとにかく“サッカーとバスケットボールの試合を観ているとき”が幸せです。

藤堂日向
とうどう ひなた
11月24日生まれ。
等身大の“芝居欲”と“役”の生き様を通して、
〈日〉の〈向〉かう場所まで観る者とともに歩みを進めるDOER
【E:Euphoria|幸せを感じるときは?】
僕は“大事な人たちと過ごす時間”が幸せです。まさに今のこの時間のような。
短編映画『世界征服やめた』
2025年2月7日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか、全国順次公開
原案・主題歌:「世界征服やめた」
不可思議/wonderboy(LOW HIGH WHO? STUDIO)
企画・脚本・監督:北村匠海
出演:萩原利久 藤堂日向 井浦新(友情出演)
製作・制作プロダクション:EAST FILM
チーフ・プロデューサー:小林有衣子
プロデューサー:本多里子
ライン・プロデューサー:古賀爽一郎、小楠雄士
撮影:川上智之 照明:穂苅慶人
サウンドデザイン:山本タカアキ 美術:松本千広
スタイリスト:鴇田晋哉 ヘアメイク:佐鳥麻子
編集:清水康彦 音楽:HAPPY BUDDHA HILL
助監督:草場尚也 制作担当:福島伸司、佐佐木基入
スチール:高橋春織 台本デザイン:柴崎楽
撮影協力:ニコンクリエイツ
制作協力:ニコン 企画協力:Creatainment Japan
配給・宣伝:SPOTTED PRODUCTIONS

Staff Credit
カメラマン:田中丸善治
ヘアメイク:佐鳥麻子(北村・藤堂)、
カスヤ ユウスケ(ADDICT_CASE)(萩原)
スタイリスト:鴇田晋哉(北村・萩原・藤堂)
インタビュー・記事:満斗りょう
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