EP『U TA CARTE』
降ってくる事象、歩んできた旅路、
そのすべてが〝歌のゆかり〟
「あの日」を彩る音色に〈想い〉を宿して||
自分の中から何かを紡ぎ出すという行為は、どんな行為よりも自分と向き合わされるもの。幸せにまどろんだこと、ぐっと拳で涙を拭ったこと、大切な人とともにいたこと、そんな「あの瞬間の私」を、意図的に目の前に呼び起こすのだから。山本さんの歌物語には、「あの瞬間」に基づく不思議な〈陰〉と〈進〉の章があって、その2章の紡ぎ合わせにより産み落とされた〝等身大の一曲〟が、聴く人の心にまっすぐ届けられているような気がしていた。渾身の力をもって自分自身と向き合い、稀有なバランスを磨き続ける彼女の最新EP『U TA CARTE』。すべての曲がメイン級の味である本EPの魅力と、楽曲の産声があがる場所についてのお話を、たっぷりとお伺いしてまいりました。さあ、どうぞボナペティ!
EP『U TA CARTE』
フランス語で“お客さんが自由に選んで注文できる一品料理”を意味する「アラカルト」というワードから、これまでに影響を受けてきた幅広いルーツミュージックはもちろん、収録されている楽曲などの、多様な音楽性が集まり完成した今作を造語で表している。また音楽のみならずフォトブックやライブ映像、パッケージまで、手に取った方それぞれが山本彩の魅力を選んで楽しめるようこだわった作品に仕上がった。アーティスト写真も“料理”をモチーフに、山本彩が“音楽”を生み出していくことをイメージしており、作品タイトルと統一された世界観で表現されている。
『U TA CARTE』× 山本彩
制作初期の段階では、統一感のあるコンセプトEPにしようと考えていたのですが、いざ作りはじめてみると、「あれもやりたい!これもやりたい!」といろいろな考えが出てきて。バンドメンバーや、初めてご一緒するアレンジャーさんとのタッグに対して、自分の中で希望がどんどんと出てきたんです。そうして生まれたのが今回のEP。タイトルにもそんな経緯を反映させたいと思っていたところに、一品料理を意味する「à la carte(アラカルト)」に基づいた『U TA CARTE』というタイトルが降ってきて(笑)、このタイトルに決めました。
まさに運命のひらめきですね(笑)。
今回は3年前にリリースされた『あいまって。』が、
Acoustic Ver.として収録されていますが、
なぜ今、なぜこの曲だったのかを教えてください。
理由としては、今年、アコースティックツアーをやらせていただいた経験がものすごく大きいです。普段のライブでは、バンドとシーケンサー(バンドでは表現しきれない音を加えるソフトウェア)を用いて、ガッツリと音圧を出すパフォーマンスをすることが多いのですが、アコースティックツアーではそれらを引き算して、本当に最低限の骨組みだけでのパフォーマンスに挑戦したんです。これまで音数の多いパフォーマンスを大事にしてきたからこそ、アコースティックというカタチでのパフォーマンスに、大きな変化を感じることができて。そこで得た財産を音源としても残したいと思い、楽曲の中でも支持をいただいている『あいまって。』を、アコースティックバージョンで再収録させていただきました。改めて楽曲と向き合うことで、リリース時、今の自分とはまったく違う歌い方をしていたり、今とは違った解釈をしていたことを思い出したりもして。時間とともに変化する自分自身に気づきながら、今、この時にしか残すことのできない、2024年バージョンの『あいまって。』を完成することができたと思います。
具体的には、
どういった部分に解釈の変化を感じられましたか?
『あいまって。』は失恋ソングの中でも、失恋直後の翌日~3日目あたりの心情を描いた楽曲なんです。まだ自分の中で気持ちを消化しきれていなくて、「次に進もう」といった未来のことも考えられないくらい、絶望感でいっぱいの時期を歌っていて。最後の歌詞が「バイバイ」で終わるのですが、制作当時の「バイバイ」は、まだ終わっていない恋だけれど、無理をしながら何とか言葉にしている「バイバイ」だったんです。それが3年の月日を経て、ようやく自分の中でけじめがついて、心からの「バイバイ」になったんですよね。しっかり立ち直って、自立できた「バイバイ」といいますか。そういった曲中のストーリーも感じていただけたら嬉しいです。
山本さんの書く歌詞には
「強くありたいから、
辛くても前を見てきちんと歩く」
「それでもやっぱり無理な時だってある!」という
リアルな人間の温度が
表現されていると感じています。
作詞の創作は、どのように行うことが多いですか?
まず大きなキーワードを決めて、そのキーワードが歌詞に入ろうが入らなかろうが、一旦そのキーワードを起点に作りはじめることが多いです。キーワードが“単語”のこともありますし、時には『あいまって。』のように“状況”をテーマを書き出すこともあります。『イチリンソウ』(2019)なんかは、イチリンソウという花の存在を知った時に、当時の自分とすごくリンク性を感じて、自分の状況に置き換えて書きはじめた楽曲。タイトルを決めて、歌詞を紡いでいった一曲です。一方で、大きなテーマにそってフックとなる部分を書きはじめ、最後にタイトルを決めることもあります。
大好きな『イチリンソウ』の
制作秘話を伺えて嬉しいです。
そういったキーワードって、
必然かのようにポンッと目の前に現れるんですよね。
そうなんですよね。ふと「これで書きな」と言われているような気になるんです。今回の『U TA CARTE』というタイトルもそうですが、不思議な出逢いを感じます。
言葉はもちろん、作品とのタイアップなども
出逢いのひとつだと思うのですが、
タイアップ曲の制作をする際に
意識されていることはありますか?
今回のEPに収録されている『Seagull』という楽曲も、アニメ「シンカリオン チェンジ ザ ワールド」の主題歌になっているのですが、作品と一緒に届く楽曲に関しては、普段の“自分のありのまま”を描いている楽曲とは違って、別軸の視点が入っているように思います。山本彩として書くのではなく、その作品の世界に入りこんで、登場人物の視点になって書かせていただきながら、「作品の歌」にすることを大事にするようにしていますね。
なるほど。
作曲もされる山本さんですが、
基本的には作詞が先…?
私の場合は曲が先で、後から歌詞を書くことが多いです。言葉を音にハメながら作っていくのですが、何気にその作業が一番大変(笑)。「このフレーズのまま歌えたら、一番伝えたいことが伝えられるのに…!」と思いつつ、メロディーに合わせてフレーズを短くしたり、言葉を変えたりしないとならなくて。それもあって昔は「このメロディーには7文字のフレーズしか入らないから、7文字の言葉を探そう」と、言葉を後追いで探していたこともあったんです。今でも、譲れないメロディーパートはそうやって歌詞をつけているのですが、最近は、メロディーよりも伝えたいことを重視するようになりました。最初とメロディーが変わったり、歌割が変わったりしても、歌詞を優先して書けるようになってきたといいますか。以前に比べ、柔軟性のあるやり方ができるようになったと感じています。
作詞作曲とは違うのですが…、
SNSの文字制限との戦いに
近いものを感じます(笑)。
あはは(笑)。限られた中に納めないといけない、という意味では違わないと思います。「言い方を変えたくないな、句読点をここに入れたいな、この言葉はひらがなで書きたいな…」など、いろいろなこだわりが出てきちゃいますよね(笑)。でも、だからこそ「こういう言い方もできるな」と、新しい表現を見つけられることもあるので、必ずしも悪いことばかりではないと思っています。
制作のお話から
山本さんの作詞作曲への強い想いが感じられます。
山本さんにとって、これまで作ってきた楽曲は
どんな存在ですか?
作っている時、そして作り終わって完成した時の達成感は、子どもを産んだくらいの…といっても、子どもを産んだことがないので合っているか分からないのですが、イメージでいうとそのくらい「大事なものを産み落とせた」という気持ちになります。「ずっとこんなふうに思ってきた」という自分の気持ち、たくさんの想いたちが集まって一曲になっているので、自分にとっての“大事なもの”という意味でも、子どもを産んだに近しい気持ちになるんです。そして時間が経って、心身ともに成長した状態で5、6年前に作った楽曲を聴くと、今度は自分で書いた曲なのに、恥ずかしくなったり、共感できないところが出てきたりもして。作り出す時は“子どものような存在”で、時を重ねるにつれて“過去の日記”のような存在に変わってゆく…不思議だけれど、自分の成長とともに楽曲の存在も変化していくんですよね。
ご自身と楽曲の成長は共鳴するんですね。
成長といえば…
収録曲『KIRAKUモンスター』に登場する
山本さんの中のKIRAKUモンスターは
現在、どんな感じで成長中でしょうか?
だいぶすくすくと育ってきていると思います(笑)。これまでは、KIRAKUモンスターを育てることに後ろめたさがあったんです。気楽と不真面目って紙一重なところがある気がしていて、「気楽に、適当に」を望むこと自体、どこか手を抜いていると感じてしまうような、必要以上の生真面目さが自分の中にずっとあって。その考え方が少しずつ変わりはじめ、今はポジティブなKIRAKUモンスターが育ってきている気がします。もちろん、締(し)めることが必要な場合は、今まで同様、自分をしっかりと締(し)めていきたいけれど、時には、ふっと緩めてあげるような瞬間もあっていいんじゃないかなと。聴いてくださる皆さんにも「気楽に聴いてほしい!」と思って、『KIRAKUモンスター』というキャラクターちっくな歌詞を書いたので、ラフな気持ちで聴いていただけたら嬉しいです。
いろいろな変化を感じながら、
進化をされ続けている山本さんですが、
来たる2025年、やりたいことはありますか?
今年は、同志であるバンドマンやシンガーソングライターの仲間たちとともに、対バンツアーを回らせていただいて、改めてたくさんのシンパシーを感じられましたし、それがとても刺激的だったので、来年は、お互いの良いところをさらに活かせるような創作ができたらいいなと思います。私、これまでは「カッコいいところを見せなきゃ!」と思いながらステージに立つことが多かったんです。でも、いろいろな方と楽しくステージを作っているうちに、「自分が楽しかったら、きっとこの楽しさが来てくださる皆さんにも伝播していく!」と思うようになってきて。ライブ会場は、すべての人が自分を解放しに来る場所。私が解放の〈台風の目〉となって、皆さんのドアを開けられるようなライブをしていきたいと思います。
Dear LANDOER読者
EP『U TA CARTE』
From 山本彩
今回のEPは、季節にぴったりの楽曲から、「はやくライブで聴いてもらいたい、みんなで一緒に歌いたい!」と思うような、ライブをイメージした楽曲まで、本当にいろいろな作品が収録されています。2025年もツアーが決まったので、是非、ライブを楽しみに『U TA CARTE』を聴いていただきたいのはもちろん、いろいろなシチュエーションや気持ちに合わせて、毎日楽しんでもらえたら嬉しいです。
Staff Credit
カメラマン:興梠真穂
ヘアメイク:chim
スタイリスト:柏木作夢
インタビュー・記事:満斗りょう
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