たくさんの人生と〈交錯〉しながら生きる私たちへ

映画『一月の声に歓びを刻め』

たくさんの人生と
〈交錯〉しながら生きる私たちへ

映画『一月の声に歓びを刻め』
© bouquet garni films

-Story-

北海道・洞爺湖。お正月を迎え、一人暮らしのマキの家に家族が集まった。マキが丁寧に作った御節料理を囲んだ一家団欒のひとときに、そこはかとなく喪失の気が漂う。マキはかつて次女のれいこを亡くしていたのだった。それ以降女性として生きてきた“父”のマキを、長女の美砂子は完全には受け入れていない。家族が帰り、静まり返ると、マキの忘れ難い過去の記憶が蘇りはじめる。東京・八丈島。大昔に罪人が流されたという島に暮らす牛飼いの誠。妊娠した娘の海が、5年ぶりに帰省した。誠はかつて交通事故で妻を亡くしていた。海の結婚さえ知らずにいた誠は、何も話そうとしない海に心中穏やかでない。海のいない部屋に入った誠は、そこで手紙に同封された離婚届を発見してしまう。大阪・堂島。ほんの数日前まで電話で話していた元恋人の葬儀に駆け付けるため、れいこは故郷を訪れた。茫然自失のまま歩いていると、橋から飛び降り自殺しようとする女性と出くわす。そのとき、「トト・モレッティ」というレンタル彼氏をしている男がれいこに声をかけてきた。過去のトラウマから誰にも触れることができなくなっていたれいこは、そんな自分を変えるため、その男と一晩過ごすことを決意する。やがてそれぞれの声なき声が呼応し交錯していく。

伊藤さとり’s voice
伊藤さとり’s voice

真っ白な人間って世の中にどれだけ居るのだろうか?例えばつい人に悪態をついたことはないだろうか?ついSNSで誰かを傷つけるコメントを書いたことはないだろうか?私は子どもに酷い言葉を浴びせたことがある。売り言葉に買い言葉というやつだ。そう考えると、私もあなたも真っ白ではない気がする。

「人間はみんな罪人だ」―――
このセリフは、『幼な子われらに生まれ』の三島有紀子監督による自身の体験を綴ったオリジナル脚本の映画に登場する。映画は三章と最終章によって構成され、第二章の「東京・八丈島」に登場する若き妊婦(松本妃代)が叫ぶセリフだ。そしてこの映画の中心部分に位置するのが、前田敦子主演「大阪・堂島」であり、ここで三島監督が体験した恐ろしい事件が吐露される。「性暴力と心の傷」というテーマの本作では、性暴力を受けた人がこれからも生きていかなければいけない為に、どう自分と対峙するのか、が描かれていた。

今まで恐ろしい目に遭ったことがある人は居るだろうか。
逃げる、抵抗するなんて簡単には出来ないだろう。電車の痴漢でも恐怖のあまり声を出せる人は少ない。自分が汚されてしまったことへの悔しさと相手への憎しみを背負いながら、それでも生きていくのが人間なのだ。だってそいつの為に命を落とすなんて悔しすぎるし、勿体なさすぎる。それでも誰にも言えずに心に蓋をしてしまうと、家族との間にも亀裂は生じるのかもしれない。

そんな思いを映画として三つのスタイルに変形させた本作。家族との関係、親子での関係、そして自分との対峙を、どこか夢の中のようなアプローチで綴っていく。しかも事件の概要ではなく、被害者と残された人々の心に焦点を当てた表現なので、ショッキングな描写が全くないのも被害を受けた人々がフラッシュバックに苦しめられることもないだろう。

悔しいかな、罪を犯した人も生きていく。もしかしたら女の子の男親で子どもからも愛される父親かもしれない。この映画はそんな憎しみと苦しみの中で、それでも精一杯、生きようとする監督自身の自分への挨拶文であり、被害にあった人へのエールなのかもしれない。なにより私は前田敦子演じる「れいこ」のような人々が幸せになってほしいとつくづく思う。心から願う。そして映画のセリフのように、自分が犯してしまった何気なくとも人を傷つけた罪も忘れずに「わたしも罪人だ、だからこれからはたくさん人に良い事をしよう」と思って生きていく。

映画『一月の声に歓びを刻め』
2024年2月9日(金)テアトル新宿ほか全国公開

出演:前田敦子、カルーセル麻紀、哀川翔
   坂東龍汰、片岡礼子、宇野祥平
   原田龍二、松本妃代、とよた真帆
脚本・監督:三島有紀子
配給:東京テアトル

映画『一月の声に歓びを刻め』
© bouquet garni films