深い愛ゆえに、
心が揺れてしまうあなたへ

-INTRODUCTION-
人生の岐路に立つ高校生の息子と難病を抱えながら我が子の希望ある明日を願うシングルマザーの揺るぎない愛を綴った感涙物語『90メートル』。直木賞作家・朝井リョウの連作短編小説『少女は卒業しない』で商業長編映画デビューを果たし、『か「」く「」し「」ご「」と「』でも高く評価された新進気鋭の監督・中川駿渾身のオリジナル企画を映画化。母親を看病した経験を持つ監督が、自身と自身の母を重ね合わせてキャラクターを作り上げ、半自伝的映画を生み出した。母・美咲と2人で暮らす高校3年生の藤村佑を演じるのは、スタジオジブリの『君たちはどう生きるか』で主役声優の座を射止め、ドラマ「ちはやふるーめぐりー」など話題作への出演で注目を集める山時聡真。東京の大学に進学したい気持ちと母のそばを離れるわけにはいかない状況下に置かれ、将来の選択を迫られる等身大の主人公を体現した。母・美咲を演じるのは、自身も子育て中であり、『ディア・ファミリー』『近畿地方のある場所について』と母親役が続く、菅野美穂。日に日に身体の自由がきかなくなる難病を患いながら、我が子を何よりも思いやる母親を熱演。美咲が利用する介護施設のケアマネジャー・下村⾹織役には、女優として活躍の場を広げる西野七瀬。佑の同級生で、親身に寄り添うバスケ部のマネージャー・松田杏花役を南琴奈が、バスケ部の元チームメイト・⼤平翔太役を田中偉登が演じる。親子が抱くのは、愛するがゆえに生まれる、真逆で矛盾だらけの想い。息子が下す選択と母の本当の願いが交差するとき、揺るぎない親子の愛が、静かに胸を締め付ける。
-STORY-
小学生の頃からバスケットボール一筋だった佑。母・美咲が難病を患ったことで、母子家庭で育った佑は高校2年のときにバスケを辞め、美咲の世話を優先せざるを得なくなる。ヘルパーの支援はあるものの24時間体制ではないため、佑が美咲のケアをしながら家事をこなす日々を送っていた。高校3年生になった今、東京の大学に進学したい気持ちはあるが、美咲を一人にするわけにはいかず、常に手元にある呼び出しチャイムの音が、佑の心を引き留める。その看病が一生続くかのように、自分の夢や希望はすべて諦めかけていたが、担任の先生から自己推薦での受験を勧められる。しかし、日に日に身体の自由を失っていく美咲の姿を見ると、上京したい気持ちを打ち明けられずにいた。そんなある日、介護施設のケアマネジャー・下村からヘルパーの増員により24時間ケアの体制が整ったことを告げられる。我が子の明るい未来を願う美咲は「お母さん、大丈夫だから。好きなようにしていいからね」と優しく声をかけるが──。
伊藤さとり’s voice

この俳優の演技に引き寄せられた。
そんな経験はないだろうか。私は今作で完全に菅野美穂に引き寄せられ、最後は一体化したかのような気持ちで温かな涙を流していた。これはきっと年齢や経験によっても感情移入する役が違うので、全員が菅野美穂演じる「お母さん」の視点で物語を見るとは限らないのも分かっている。むしろ様々な視点で物語をなぞれる作品の方が、結果的に多くに人に愛される映画になるのだから、きっと自身の介護経験から本作を書き上げた中川駿監督の視点である「息子」(山時聡真)に共鳴する人もいるはずだ。更には自分の境遇を打ち砕こうと奮闘する息子の「同級生」(南琴奈)に共感する人もいるだろう。そうでなければ介護施設の「ケアマネーシャー」(西野七瀬)の視点となって家族を見守るようにスクリーンを見つめていくはずだ。
とにかく個人的には菅野美穂演じる「お母さん」の気持ちが手に取るように分かってしまう。思い通りに動けなくなった自分に負けないように振る舞うのも、愛する息子への負担を減らしたい想いから。それでも息子に頼ってしまうのも愛のカタチだったりするのだ。難病を演技で表現する上でやりすぎないよう細心の注意と敬意を払い、聞き取れる範囲でセリフに想いを乗せる。横顔だけで読み取れる愛情深さ。親は子供の前で弱音を吐けないのだ。それはひとえに不安にさせたくないから。そんな菅野美穂の細やかな演技に感嘆しながら、山時聡真演じる「息子」の混沌に人間の感情は簡単ではないのだと胸を痛めた。
親を心配する想いを常に抱いている息子はまだ10代で、これから社会に出るという高校3年生。親の介護をしなければいけないという環境から諦めることに慣れてしまった彼が、自分の未来に目を向けるなんて考えもしなかっただろう。このような状況は米アカデミー賞作品賞受賞作『コーダ あいのうた』の耳の聞こえる娘とろう者の家族でも描かれたが、そこには「想いやり」という目には見えない糸が存在し、しっかりと繋がっている。この映画の親子の場合は糸の距離が90メートル。けれどどんなに離れたって愛し合っていれば切れることはないのだ。それに気付かされた時、また涙が溢れた。



