誰かの幸せに「ズルイ」と
感じたことがある貴女へ
-Introduction-
“気がつけば標的”
匿名の集団による“狩りゲーム”がはじまる――
見えない悪意と隣り合わせの“いま”ここにある怖さを描く
サスペンス・スリラー
世間から忌み嫌われる“転売ヤー”として真面目に働く主人公・吉井。彼が知らず知らずのうちにバラまいた憎悪の粒はネット社会の闇を吸って成長し、どす黒い“集団狂気”へとエスカレートしてゆく。誹謗中傷、フェイクニュース――悪意のスパイラルによって拡がった憎悪は、実体をもった不特定多数の集団へと姿を変え、暴走をはじめる。やがて彼らがはじめた“狩りゲーム”の標的となった吉井の「日常」は、急速に破壊されていく……。主人公・吉井を務めるのは、日本映画界を牽引する俳優・菅田将暉。吉井の周囲に集う人物を古川琴音、奥平大兼、岡山天音、荒川良々、窪田正孝ら豪華俳優陣が演じている。監督は『スパイの妻』で第77回ベネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞した黒沢清。生き物のように蠢く風や揺らぐ照明、ぞくりと刺さるセリフ、雰囲気抜群の廃工場――前半はひたひたと冷徹なサスペンス、後半はソリッドで乾いたガンアクションと、劇中でジャンルが転換する斬新な構成で観客を呑み込んでゆく。インターネットを経由する“実体のない”サービスの名を冠した映画『Cloud クラウド』。“誰もが標的になりうる”見えない悪意と隣り合わせの“いま”ここにある恐さを描く本作が、現代社会の混沌を撃ち抜く。
伊藤さとり’s voice
菅田将暉という俳優は、面白い。
『ミステリと言う勿れ』(2022)といったドラマに出ている国民的人気俳優かと思いきや、今は亡き名匠・青山真治監督の『共喰い』(2013)や、呉美保監督の『そこのみにて光輝く』(2014)、大森立嗣監督の『タロウのバカ』(2019)などミニシアター系にも出演し、近年も友人の岡山天音主演作『笑いのカイブツ』(2024)にチラリと顔を出し、大好きな音楽活動を行えば会場を満席にしてしまう縦横無尽のアーティストだ。
演技力も存在感も一目置かれる俳優・菅田将暉。そんな彼に演技での影響を与えた人物のひとりが青山真治監督であり、『共喰い』でロカルノ国際映画祭へ行った際に青山監督から紹介されたのが、海外でも絶大なる支持を受け独自路線で映画を撮り続ける黒沢清監督だった。特に黒沢清監督というと役所広司とのタッグでも知られ、『CURE』(1997)『カリスマ』(2000)『ドッペルゲンガー』(2003)他、傑作を共に生み出している。思えば『銀河鉄道の父』(2023)で役所広司と親子役を演じたばかりの菅田将暉。もしかするとカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞した役所広司に続く、日本を代表する世界の俳優になる日も近いのではと予測していたら、本作が米アカデミー賞国際長編映画賞日本代表に選ばれたというニュースが飛び込んできた。現にヴェネチア国際映画祭アウト・オブ・コンペティションで上映もされ、世界の映画人から菅田将暉は注目されているのだ。
まさに黒沢清×菅田将暉というドリームタッグが実現した映画『Cloud』。
今作で菅田将暉は、気づかないうちに恨まれてしまった男・吉井を演じている。恋人にも楽をさせようと転売屋一本で仕事をスタートさせたものの、新居で嫌がらせが始まるという内容だ。果たして霊現象なのか、それとも赤の他人の悪戯か、それとも知人によるものか。本人が誰かを不快にさせた記憶がないことから事態は混迷を極めるのだ。
ホラーなのか、サスペンスなのか、アクションなのか、ひとつのジャンルに括れないスタイルで物語は進んでいく。しかも主人公を取り巻く人々は皆クセが強い。先輩を演じる窪田正孝はカッターナイフのような存在感を放ち、画面に姿を現すだけで身の危険を感じるほどのインパクトだ。また吉井の上司である工場の社長を演じる荒川良々の言葉とは裏腹な輝きのない瞳は不気味。他にも吉井を慕う青年として登場する奥平大兼の無機質な姿に恐怖心さえ抱く。それだけでなく恋人を演じる古川琴音もどこか謎めいている。これだけ個性的なキャラクターを揃え、人間の奥に潜む闇を描く物語を身近に感じさせるには、私たち観客が感情移入しやすいよう主人公が何処にでも居そうな普通の人間であることが大切だ。しかし主人公が普通の人間であればあるほど演じるのは難しいと言われている。理由は、冴えない主人公だろうが魅力的でなければ観客の興味は薄れてしまうからだ。それを菅田将暉は社会に溶け込みつつ、やや目立たないように生きる男として表現し、対峙する人物により表情や歩き方、エネルギー値の変化までつけて見事に表現していた。
この映画の面白さは、本人は至って真面目にアート的なホラー映画を撮っているものの、ハリウッドメジャー映画も好きと公言する黒沢清監督でしか表現できないものだった。まさかのクリント・イーストウッド主演映画のようなガンアクションと、説明セリフもなく見せる人間関係からやがてヒーローものになっていく展開に、見終わってしばらくは衝撃が隠せなかった。とにかく人間は嫉妬する生き物であり、自分より幸せそうな人間をズルイと見做しがちだ。ただそれは自分に自信がない時に発動する感情。そういった意味で本作は、自分では身に覚えがなくともトラブルに巻き込まれる人間界の恐怖を詰め込んだ全く新しいタイプの危機一髪連打型脱出劇だった。そこはやはり人間観察の天才・黒沢清監督作ならでは。菅田将暉といったスターを中心に置き、豪華キャスト出演でエンターテイメントスリラーを生み出した。本作は、日本国内はもちろん、世界に広まっていく映画だろう。
映画『Cloud クラウド』
2024年9月27日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
出演:菅田将暉
古川琴音 奥平大兼 窪田正孝 ほか
監督・脚本:黒沢 清
配給: 東京テアトル 日活