〈夢〉をこよなく歌う貴方へ
-Introduction-
13年間の出逢いと別れ。
キリエの歌がつなぐ4人の物語。
『スワロウテイル』(96)『リリイ・シュシュのすべて』(01)――。時代を震わせてきた監督:岩井俊二×音楽:小林武史による新作映画が、遂に誕生した。ふたりの心を射止めたのは、伝説的グループ「BiSH」を経て、現在はソロとして活動するアイナ・ジ・エンド。歌うことでしか“声”が出せない路上ミュージシャン・キリエ役で映画初主演を果たし、本作のために6曲を制作。スクリーン越しに圧巻の歌声を響かせる。アイナと共に“運命の4人”を演じたのは、次代を担う面々。姿を消したフィアンセを捜し続ける青年・夏彦役に、松村北斗(SixTONES)。過去にとらわれた青年の複雑な心情表現を細やかな演技で魅せる。傷ついた人々に寄り添う教師・フミ役は、黒木華。清らかな慈愛を体現し、物語に奥行きを与える。過去を捨て、名前を捨て、キリエのマネージャーを買って出る謎めいた女性・イッコ役には、広瀬すず。今回は従来のイメージを覆す役どころに挑み、新境地を拓いた。石巻、大阪、帯広、東京――。岩井監督のゆかりある地を舞台に紡がれる、出逢いと別れを繰り返す4人の壮大な旅路。儚い命と彷徨う心、そこに寄り添う音楽。 “あなた”がここにいるから――。13年に及ぶ魂の救済を見つめたこの物語は、スクリーンを越えて“貴方”の心と共振し、かけがえのない質量を遺す。
伊藤さとり’s voice
『スワロウテイル』(1996)『リリイ・シュシュのすべて』(2001)他、岩井ワールドと言われ愛され続ける岩井俊二監督が紡ぎ出す世界。それは繊細で消えそうな感情を逆光の中で映し出し、手持ちカメラを駆使して揺れる思いを表現する独自のスタイル。特に大人より手前の人々、いわゆる成長中の若者たちの無限の才能を開花させる力を持っているようにも感じる岩井俊二監督が、次に興味を持ったのが歌姫、アイナ・ジ・エンドだった。もともと先に挙げた二作も音楽家・小林武史と組んだ音楽映画であり、音楽をこよなく愛する岩井監督は「アーティストになりたい女の子とマネジメントしたい女の子」の構想を持っていたそう。その物語を執筆中にオンラインライブでアイナ・ジ・エンドを見かけ、運命を感じたことから本作が本格的に動き出したのだ。
そう、この映画はアイナ・ジ・エンドの初主演映画でありながら彼女が居なければ完成できない映画であり、しかも彼女のプロモーション映画ではなく、しっかりと本物でしか伝わらない「音楽は心を動かす」というものになっていた。そしてもうひとつ、私たちが忘れてはいけない過去への思いを綴ったものだった。
その理由に、鼻歌で歌われる曲には久保田早紀の「異邦人」(1979)やオフコースの「さよなら」(1979)などの懐メロから、ストリートライブでは米津玄師やあいみょんといった『日本の名曲』が次々に登場する。さらにミュージシャンを目指す主人公なので自身が作った歌を歌い上げるのだが、まさにそれらはアイナ・ジ・エンドがほぼ作詞・作曲を手がけた歌ばかり。それだけでなく、そもそもダンスが出来る彼女しか表現できない肉体的表現や踊るシーンまであるのだ。これにより彼女が魅惑的なキャラクターとして私たちの心を揺さぶっていく。それを広瀬すず演じる彼女に魅せられサポートすることにした女性により、私たちが応援する形で疑似体験していくのだ。
しかも、共演の松村北斗も村上虹郎も当て振りではなく本人がギターを演奏し、ミュージシャンである七尾旅人や安藤裕子、大塚愛、石井達也もひとりの俳優として出演していることから、「音楽の力」をリスペクトする映画なのだと分かってくる。映画の中で過去から未来へ旅する感覚を味わえ、ひとりの女の子のドラマティックすぎる人生と究極の愛の形を間近で浴びてしまい、涙腺が崩壊し続ける『キリエのうた』。映画を見終えて思うのは、音楽はダイレクトに感情へと呼びかける力を持っていること、そして積み上げてきた努力こそが人の心を動かし、成功を掴むということだった。今、頑張っている人や、忘れてはいけない思いを抱えている人は、間違いなくこの映画から多くメッセージを受け取るはずだ。
映画『キリエのうた』
2023年10月13日(金)全国公開
原作・脚本・監督:岩井俊二
『キリエのうた』(文春文庫刊)
企画・プロデュース:紀伊宗之 (『孤狼の血』シリーズ『シン・仮面ライダー』『リボルバー・リリー』他)
出演者:アイナ・ジ・エンド 松村北斗
黒木華 / 広瀬すず
音楽:小林武史
主題歌:「キリエ・憐れみの讃歌」Kyrie(avex trax)
制作:ロックウェルアイズ
配給:東映