舞台『インヘリタンス-継承-』
インプットとチャレンジを繰り返す
同志2人のスペシャル対談
遠い異国の遠い時代の物語が“舞台”という場で形を変えて、言葉を変えて描かれる。それこそが、奇妙で魅力的な『戯曲』の面白さ。人間の鋭さと滑稽さを、〈愛〉の盲目さと難しさを、繊細に語り継ぐために選ばれた、一つひとつの台詞、表現、演出、構成。演劇の街に足を踏み入れた私たちが目撃するのは、あたたかで優しい〈愛情〉か、生きとし生けるものがもつ〈尊厳〉か、はたまたその両方か――劇場を後にするとき、〈愛〉を貫く尊さが、心に継承されますように。
舞台『インヘリタンス-継承-』
気鋭の演出家・熊林弘高が挑む傑作巨編。
現代NYを舞台に展開するラブ・ストーリー。
世代を超えて語り継がれる、
愛と自由を求める人々の物語が、
コロナと戦争の時代に生きる我々の心にしみわたる。
東京芸術劇場では気鋭の演出家に新たな活躍の場を提供してきました。演出家・熊林弘高とは、2010年『おそるべき親たち』のシアターウエスト公演以来、充実した共同作業を積み重ねています。熊林はシェイクスピアやチェーホフの古典作品を斬新な現代劇として蘇らせたプレイハウス公演、日本の現代劇やアングラ戯曲をスタイリッシュに演出した小劇場公演などを手掛け話題になりました。唯一無二の演出家として錚々たる名優たちから一目置かれる熊林は、寡作の人としても知られています。自身が納得した作品を1~2年に1本選びぬく熊林が「これだけは」と上演を切望した作品、それが『インヘリタンス-継承-』です。本作は、2015~18年のNYを舞台に、1980年代のエイズ流行初期を知る60代と、若い30代・20代の3世代の3世代のゲイ・コミュニティの人々の愛情、人生、尊厳やHIVをめぐる闘いを描いた作品です。感染症と向き合って生き抜く彼らの姿は、ここ数年コロナの猛威と苦闘し、いまようやくそれと共に生きていくところまでたどり着いたわれわれ全ての同時代人に相通じます。彼らが差別や抑圧を受けながらも、真実の自分に出会い、愛を貫くさまを描く本作は、LGBTQなど多様な 個性の人々がそれぞれ自分らしく幸せに共生できる社会とは何かを問いかけます。日本では『真夜中のパーティ』『ト―チソング・トリロジー』『エンジェルス・イン・アメリカ』などの、ゲイの人々を描く傑作が上演されて来ましたが、本作は、まさしく”いま”を描いて、私たちに深い感動と希望を与えてくれるでしょう。
若き日のヘンリー役
野村祐希
×
若き日のウォルター役
佐藤峻輔
戯曲の名手・熊林弘高さんによる演出作。
難しいオーディションを経ての
“選ばれし2人”
野村祐希(以下、野村):熊林さんとしっかりお話させていただいたのは、稽古に入ってからでした。
佐藤峻輔(以下、佐藤):3回ほど行われたオーディションの際にもお会いしたのですが、そのときは距離が縮まっている感覚があまりなく、「ちゃんと関係を築けたかな…」と不安に思っていたんです。そんな折、出演が決まったとの報告をいただき、驚くと同時に「良かった!」と、ホッとしました。
LANDOER:オーディションではどのようなことを行われたのでしょうか?
佐藤:仮の台本をいただいて、「ここからここまで演じてください」といった形式でお芝居をしました。
野村:オーディションというより読み合わせのような感じでしたね。仮の台本とは思えないほどのボリュームで、「こんなにあるの…!?」とびっくりしたのを覚えています(笑)。
佐藤:3ページくらいありましたもんね。
野村:1人で喋る長台詞のパートもあったり…。
LANDOER:まさに、じっくり時間をかけたオーディションを経ての“選ばれし2人”だったんですね。
膨大なインプットと
新陳代謝のような稽古の連続
野村:熊林さんの知識量が凄まじいので、とにかくインプットの日々です。
佐藤:稽古がはじまって、「まずは、僕たちが熊林さんの頭の中をコピーする必要がある」と、感じたのを覚えています。
野村:熊林さんのお話には横文字がたくさん出てくるのですが、ノンストップでお話をされることが多いので、必死についていっています(笑)。
佐藤:一生懸命熊林さんの話を聞いたうえで、インプットしたものを演技として体現していくような流れですね。
野村:熊林さんは、よくヨーロッパの映像や舞台も観られていているのですが、今回の『インヘリタンス-継承-』にもそれらのオマージュを取り入れているらしく、「この喧嘩のシーンは、あの作品のあのシーンのような感じでやりたいんだよね」など、ハッキリとしたイメージを持たれているんです。
佐藤:熊林さんが持たれているイメージを意識してやってみつつ、「こうしたほうがいいかも」と感じたことがあれば、こちらから積極的に提案もしています。名戯曲家である熊林さんのもと、とても貴重な経験をさせていただいていると感じる毎日です。
野村:実際、動きをつけてみると流れが変わることが多々あるので、さながら新陳代謝のようです。流動的な稽古だな、と。
LANDOER:本番が始まってからさらに変わっていく可能性もありますよね。
佐藤:そうですね。『インヘリタンス-継承-』の上演時間は6時間半。僕たち演者側はすでにストーリーの全貌を知っていますし、クライマックスがいつなのかも分かっていますが、観ているお客様側はだんだんと時間感覚が麻痺してくるかもしれません。もしかしたら「どこで終わるんだろう?」と感じてしまうこともあるかも。僕たちとしてはそう感じさせないステージを作り上げたいと思っています。「あっ、もう終わりか。あっという間だったな」と思わせられるように、と。
“熊林弘高節”に鍛えられ、
吸収したもののすべてを
さらなる成長の糧に
野村:僕は戯曲初挑戦なのですが、『戯曲』だから、というよりも『熊林さんの作品』だからこその難しさを感じています。
佐藤:原作のマシューさん(マシュー・ロペス)へのリスペクトはもちろんのこと、そのうえでさらに“熊林さん節”が効いていますね。
野村:海外の作品をたくさん観ていらっしゃることもあり、求められるレベルがとても高いんです。
LANDOER:現時点ですでに多くのインプットをされてきていると思いますが、今回の舞台が終わった後はさらに知識量が増えていそうですね。
野村:そうですね、表現力もかなり磨かれるような気がしています。熊林さんは一人ひとりがそこに立つ理由や距離感の隅々にまで考えを巡らせて、そのすべてに意味を持たせている方なので、本当に隙がないと感じますね。天才です。
佐藤:今作はロンドンやアメリカでも上演されていますが、それらの作品に尊敬の念をもちつつも、比較しすぎないことを意識されているようで「あの作品では○○な役柄だったから、日本では△△しなきゃいけない」といった演出はつけず、演者一人ひとりから滲み出るものを尊重してくださるんです。だからこそやりがいも感じています。
野村:やることなすことすべてが新しい体験なので、そこに居させてもらえることが本当にありがたいな、と。僕もやりがいを感じられていますし、この経験を自分の糧にしようという気持ちでいっぱいです。
稽古に入ってからの〈役〉の育て方
1,若き日のヘンリー× 野村祐希
野村:僕はまず、山路さん(山路和弘)が演じる『現在のヘンリー』をしっかり観察することを意識しています。
LANDOER:自分が演じる役の成長した姿を同じ作品で見られる機会は、なかなかないですよね。
野村:僕と山路さんでは体格も身長も違うのですが、ヘンリーのシャイで口数が少なさそうな雰囲気、仲良くなったら気さくに話をしてくれそうな人柄など、内面的な部分は年月を重ねても大きくは変わらないと思ったので、まず、そこを共鳴させようと考えたんです。さらには手をポケットに入れる仕草などの癖の部分にも注目して、逆算しつつ、若き日のヘンリーに取り入れていけたらな、と。僕が演じるヘンリーは、あくまで山路さんありきのもの。そのうえで、若き日のヘンリーにしかないエッセンスを自分なりに出していこうと考えています。
2,若き日のウォルター× 佐藤峻輔
佐藤:初めて台本を読んだ段階で、「これは稽古が始まってからじゃないと何も分からないな」と思ったので、読み合わせが始まってからというもの、現在のウォルター役の篠井さん(篠井英介)をよく見るようにしています。あまり寄せすぎても良くないのかもしれませんが、とはいえ同一人物なので、ノム兄(野村祐希)と同様、ウォルターの「癖」は観察しているポイントですね。
LANDOER:癖はなかなか変わるものではないからこそ、同じ人物を演じるうえでのトリガーになりますよね。
佐藤:そうですね。一点意識しているのは、若いときと歳を重ねたときとでは生きている時代が違うということ。その辺りは間違えないようにしないといけないな、と。「若さ」の部分ではいまの自分とリンクするところがあるかもしれないので、表現のヒントになるものを探している最中です。稽古は毎日が勉強の連続。役と向き合うなかで僕自身も成長していきたいと思います。
野村祐希 × 佐藤峻輔
お互いの芝居の「ここが好き」
佐藤:ノム兄は、『若き日のヘンリー』という役がバッチリはまっていると思います。稽古場での佇まいを見ているだけで、「あっ、ヘンリーだ」と感じる瞬間が本当に多いんです。僕とノム兄のシーンに関しては、ノム兄のほうからかなり熱心に提案をくれるので、最初は意外でした。
LANDOER:意外、と言いますと?
佐藤:どっしり構えているというか、自ら動くのではなく、周囲からの働きかけに対して反応を返すようなイメージを勝手に抱いていたんです。「俺は崩さねぇぞ」みたいな…(笑)。
LANDOER:けれど、そんなことはなかったんですね(笑)。
佐藤:はい(笑)。ノム兄から「こういうのはどうだろう?」と、どんどん提案してくれるので、こちらも遠慮なくチャレンジすることができます。受け入れてくれる安心感があるからこそ、僕も思いっきり芝居ができるんです。ノム兄はすごく柔軟だし、良い意味で遊んでいるな、と。自分がフィットするところを常に探求しているノム兄と対峙すると、僕自身も「もっと」とチャレンジがしたくなる。熊林さんとも相談しつつ、試行錯誤を重ねています。
野村:僕ら2人は出番が限られているので、出演シーンが長い他のキャストの方々と比べるとチャンスが少ないんです。だからこそ、「やれるときにやらないと」と。熊林さんも「もっと遊んでいい」とおっしゃってくださったので、思いついたことはどんどんやらせていただいています。
LANDOER:そんなノム兄から見て、佐藤さんの「ここが好き」はどこですか?
野村:峻(佐藤峻輔)はとても純粋で素直なんです。興味津々な表情を浮かべながら、人の話にちゃんと耳を傾けて。その姿勢が芝居にも現れていると思います。自分がインプットしたことを、余計なものを混ぜずにストレートにアウトプットしているところが僕は好きですね。
LANDOER:チャレンジ精神がないとそれはできないことですもんね。
佐藤:ノム兄がいてくれるからこそできている、とも言えます(笑)!
LANDOER:良いですね、ブラザー感があります(笑)!
Dear LANDOER読者
舞台『インヘリタンス-継承-』
From 野村祐希
いまの若い方々は、偏見や差別的意識をそこまで激しく抱いてはいないと思うのですが、本作で描かれている舞台は、ゲイを淘汰しようとする風潮が色濃く残っていた時代。観てくださる世代によって感じ方が少しずつ異なるような気がしています。いまはあらゆることが簡単でスマートなものになりがちだけれど、その分“重み”が失われているような気もしていて…。本作のテーマである〈愛〉にしてもそうですが、〈愛〉を貫くことが決して簡単ではなかったこと、難しい時代があったのだということを伝えられたら幸いです。
From 佐藤峻輔
本作を通して、「愛とは何か」「自由とは何か」を伝えられたらと考えています。令和の日本では当たり前の“自分に正直に生きる”ということがどれほど難しいものなのか、きっと、この作品を観ていただけたら分かるんじゃないかな、と。一方で、いま現在生きづらさを感じている方には、作品を通して「自分の思うように生きていいんだよ」というメッセージを届けられたらいいな、と思います。さまざまな世代のキャラクターが登場する作品なので、観てくださる方一人ひとりが、自分と重ね合わせることができる人物を見つけていただけたら嬉しいです。
舞台『インヘリタンス-継承-』
東京芸術劇場 プレイハウス:2024年2月11日(日)〜2月24日(土)
ほか、大阪・北九州公演あり。
作:マシュー・ロペス(E・M・フォースターの小説「ハワーズエンド」に着想を得る。)
演出:熊林弘高
出演:福士誠治 田中俊介 新原泰佑
柾木玲弥 百瀬朔 野村祐希 佐藤峻輔
久具巨林 山本直寛 山森大輔 岩瀬亮
篠井英介 山路和弘 麻実れい(後編のみ)
Staff Credit
カメラマン:小川遼
インタビュー:満斗りょう
記事:小嶋麻莉恵、満斗りょう
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