曖昧に揺れ動く
〈幸せな生き方〉を探す貴方へ

-Introduction-
2017年にノーベル文学賞を受賞し、「日の名残り」「わたしを離さないで」など、映画化作品でも非常に高い評価を受ける作家カズオ・イシグロが、1982年に綴り、王立文学協会賞を受賞した長編小説デビュー作品「遠い山なみの光」。自身の出生地長崎を舞台として繰り広げられる本作は、戦後間もない1950年代の長崎、そして1980年代のイギリスという、時代と場所を超えて交錯する“記憶”の秘密を紐解いていくヒューマンミステリー。
監督を務めるのは石川慶。2022年の『ある男』は、第46回⽇本アカデミー賞最優秀作品賞を含む最多8部⾨受賞という快挙を達成している。また今回の映画化にあたっては、カズオ・イシグロ自身もエグゼクティブ・プロデューサーとして名を連ねており、本作は世界三大映画祭や英国・米国アカデミー賞🄬の常連でもある、イギリスのインディペンデントプロダクションNumber 9 Films、第97回アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされた『ガール・ウィズ・ニードル』等で知られるポーランドのLava Filmsが加わり、日本・イギリス・ポーランド合作の3か国共同製作となっている。
主演の広瀬すずほか、二階堂ふみ、吉田羊、松下洸平、三浦友和ら豪華キャストを迎え、終戦80周年となる2025年の夏、女たちがついた“嘘”から始まる物語をスクリーンに描き出す。
-Story-
日本人の母とイギリス人の父を持ち、大学を中退して作家を目指すニキ。彼女は、戦後長崎から渡英してきた母悦子の半生を作品にしたいと考える。娘に乞われ、口を閉ざしてきた過の記憶を語り始める悦子。それは、戦後復興期の活気溢れる長崎で出会った、佐知子という女性とその幼い娘と過ごしたひと夏の思い出だった。初めて聞く母の話に心揺さぶられるニキ。だが、何かがおかしい。彼女は悦子の語る物語に秘められた<嘘>に気付き始め、やがて思いがけない真実にたどり着く──。

伊藤さとり’s voice

ノーベル文学賞作家、カズオ・イシグロの原作を映画『ある男』(2022)で日本アカデミー賞最優秀作品賞を含む8部門の最優秀賞を受賞した石川慶監督が映画化した『遠い山なみの光』。映画は、戦後の長崎で、謎めいた佐知子(二階堂ふみ)との出会いから自分の人生を見つめ直していく悦子(広瀬すず)の姿を通して女性や人権の解放を描いているようにも見えてくる。
確かに物語の時代である昭和は家父長制が存在していた。特に「九州男児」という言葉もあるくらい長崎を含む九州では、今も男性を立てることを重んじる家庭もある。そんな長崎で暮らす悦子は専業主婦だ。夫のネクタイを締め、出かける準備も手伝って、当たり前のように送り出し、突如やってきた義父のお弁当も作ってあげるのだ。
時は1950年代、となれば長崎に原爆が落とされた後となる。一方の佐知子は、シングルマザーである。彼女は生きる為に働くのだが、娘が被曝をしているのではと客から屈辱的な言葉まで浴びせられてしまう。同じ長崎県民だろうと差別を受けるその姿を悦子はどう見ていたのだろうか。映画は、生き方の違う二人の女性を映しながら、平和とは何なのかを観客に投げかけてくるのだ。
キッチリとした服装で着物も着る貞淑な悦子。モダンなファッションで周囲から噂になっていることも気にしない佐知子。一体、どちらが幸せそうなのだろうか。
幸せの定義は人それぞれなのだが、誰かのために生きることこそ幸せと語る人がいる。子供を産んで家庭を支えることこそ妻の役目と言う人もいる。それをすることが本人にとって幸せならそれでいい。ただし「それをするのが役目」と思っているのなら幸せとは言えないのではないか。子供の為に生きるのも幸せだろうが、元を正せば子供の幸せそうな顔を見ている自分が幸せなのだ。幸せは自己満足でいいのかもしれない。そう考えたら恋愛も結婚も同じなのではないだろうか。
映画『遠い山なみの光』
2025年9月5日(金)TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー
出演:広瀬すず 二階堂ふみ 吉田羊
カミラアイコ 柴田理恵 渡辺大知 鈴木碧桜
松下洸平 / 三浦友和
監督・脚本・編集:石川慶
原作:カズオ・イシグロ/小野寺健訳「遠い山なみの光」(ハヤカワ文庫)
配給:ギャガ
